国際ペン大会

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●基調公演 井上ひさし 群読劇「水の手紙」──開会式典
●日程表/●プログラム
井上ひさし(日本ペンクラブ前会長)が世界中の〈水〉問題に託して書き残した人類へのメッセージ。「わたしは水です」という最後の台闘にたどり着いたとき、私たちは地球を抱きしめているだろう。息をもつかせぬ群読劇60分。

演出監修=栗山民也、演出=杉山艮

他に国際ベン会長など各界代表のスピーチと、奄美高校生徒20人による壮大な竹太鼓演奏。


◎9月26日(日) 大隈講堂
 13:00~14:00 基調公演 井上ひさし作 群読劇「水の手紙」
 14:20~15:20 開会式典
 15:35~17:10 基調講演 マーガレット・アトウッド/高行健



●役員名簿

会長: 阿刀田高
副会長: 下重暁子 中西 進 眉村 卓
専務理事: 浅田次郎
常務理事: 新井 満 高橋千劔破 西木正明
堀 武昭 松本侑子 吉岡 忍
       
理事: 相沢与剛 嵐山光三郎 五木寛之
井上ひさし 猪瀬直樹 梅原 猛
大原 雄 落合恵子 加賀乙彦
川村 湊 清原康正 黒井千次
小谷真理 小中陽太郎 椎名 誠
立松和平 俵 万智 辻井 喬
出久根達郎 中村敦夫 野上 暁
秦 恒平 菱沼彬晁 三田誠広
宮田昭宏 森ミドリ 山田健太
山本一力 横山征宏  
       
監事: 倉橋羊村 篠 弘

●事務局
社団法人日本ペンクラブ
〒103-0026中央区日本橋兜町20-3
tel: 03-5614-5391
fax: 03-5695-7686
事務局長 吉澤一成

阿刀田 高(あとうだ たかし、1935年1月13日 -)は日本の作家、日本ペンクラブ会長
「奇妙な味」の短編で知られる。



経歴
東京生まれ。両親は共に仙台市の出身[1]。父方の伯父の阿刀田令造は西洋史学者で第二高等学校第9代校長を務め、名校長と謳われた。令造の父の阿刀田義潮(よしとも)は宮城県名取郡下増田村(現在の名取市)の初代村長だった。

本籍は東京・西荻窪で、戦時中は宮城県の名取に疎開し、増田小学校に通学。16歳のとき長岡市で鋳物工場を経営していたエンジニアの父を亡くし、貧しい母子家庭で苦労して育つ。長岡市立南中学校、新潟県立長岡高等学校を経て東京都立西高等学校に転校。長岡空襲で被災。少年時代から科学が好きで、海軍技師、医師、薬剤師と志望を変えた。 1954年、東京工業大学を受験したが失敗し、早稲田大学第一文学部フランス文学専修に入学。もっぱら奨学金と家庭教師のアルバイトで自活していた。

大学に入学した当時は新聞記者を志望していたが、1955年、結核を病んで休学し[2]、16ヶ月間の療養生活を送る(この時期に多数の短篇小説を読んだことが、後年、小説を書く上で大きな力を与えてくれたという)。このため志望変更を余儀なくされ、1960年に大学を卒業した後、文部省図書館職員養成所に入学。1961年から国立国会図書館に司書として勤務。このころ、恩師が出版した日本語関係の小冊子に古今東西の殺し文句に関する随筆を発表したところ、思いがけず『朝日新聞』の文化欄に取り上げられて喜ぶ。1964年9月、池田書店からの依頼で『ころし文句』(長崎寛との共著)を上梓。引き続き、池田書店から『笑いのころし文句』『ユーモア一日一言』などの随筆集を刊行。1969年、著書『ブラックユーモア入門』(KKベストセラーズ)がベストセラーとなったことに勇気を得て1972年に退職し、筆一本の生活に入る。コント、翻訳、広告文案などを手がける。

1978年、短編集『冷蔵庫より愛をこめて』が直木賞候補となる。1979年、短編『来訪者』で第32回日本推理作家協会賞を受賞。1979年、短編集『ナポレオン狂』で第81回直木賞を受賞。1995年、『新トロイア物語』で第29回吉川英治文学賞を受賞。2003年、紫綬褒章。2007年より日本ペンクラブ会長。現在は新田次郎文学賞、直木三十五賞、小説すばる新人賞選考委員、講談社小説現代のショートショート・コンテスト選考者を務めている。

作品
ミステリーやブラックユーモア分野でのショートショート、エロスが盛り込まれた短編で定評がある。今までに書いた短編の数は800にもおよぶ。ショートショートに関しては、「星新一ショートショートコンテスト」の審査員を引き継ぐなど、星新一死後の第一人者的存在。

また、『ギリシア神話を知っていますか』など、世界各国の古典を軽妙に読み解いた随筆でも知られる。世界の宗教ダイジェスト本『旧約聖書を知っていますか』『新約聖書を知っていますか』『コーランを知っていますか』の三部作を出版している。

人物
出生時は双子であった。最初に出生した子を弟にするか兄にするかで議論があったが、「最初に生まれた方が兄だ」という父親の判断で、兄につけられる予定だった「高」に命名される。なお、弟は早世。本人は「名前のおかげで長生きできたのかもしれない」とエッセイで書いている。 姉を肺結核で亡くしている。

西高校時代は文芸部に所属し、黒井千次と知己になる。清水幾太郎の娘が西高校の同窓で、高校によく清水が講演にきていた。

文部科学省設置の文化審議会の会長を務める。1993年から1997年にかけて日本推理作家協会理事長も務めた。1995年から2007年まで直木賞選考委員。

また、阪神タイガースのファンであり、テレビ番組において、「1973年10月10日に行われた阪神-巨人戦(後楽園球場)が行われた当日、病気のため入院し、病室にてラジオ実況中継を聞いていた時のこと。2回までに阪神が7-0で先行、先発投手江夏ということで、9年ぶりの優勝と巨人の9連覇阻止を確信し、安心したのかいつのまにか眠ってしまった。起きてみると7点差を巨人に逆転されており、そのときの精神状態は寝起きのせいもあって、夢かうつつか幻かの混沌状態になって非常に混乱した」などと述懐していた。

息子の阿刀田寛は日本経済新聞の記者。

受賞歴
1979年 - 『来訪者』で第32回日本推理作家協会賞。
1979年 - 短編集『ナポレオン狂』で第81回直木賞。
1995年 - 『新トロイア物語』で第29回吉川英治文学賞。
2009年-旭日中綬章受勲
by momotaro-sakura | 2010-08-28 19:57