作業員33人、全員無事生還=「チリ万歳」、

2010年10月14日 12時46分
作業員33人、全員無事生還=「チリ万歳」、歓喜広がる―救出作業が完了・鉱山事故
サンホセ鉱山事故で、最後に救出されたルイス・ウルスアさん(中央)。12日夜に開始された救出作業は13日午後9時55分、33人全員を無事引き上げて完了。空前の救出作戦は大成功のうちに終わった 【AFP=時事】

2010年10月14日 15時37分
救出費用、最大16億円=チリ落盤事故  【コピアポ時事】チリ北部サンホセ鉱山の落盤事故で、ピニェラ大統領は13日夜、地下に閉じ込められていた作業員33人の無事生還にかかった費用は1000万〜2000万ドル(約8億1000万〜16億2000万円)だったと述べた。地元テレビのインタビューで明らかにした。

 大統領によれば、救出費用の3分の2はチリ銅公団などの公的負担となり、残る3分の1を民間寄付で賄う。大統領は「少しの金も無駄にせず、使い道も良かった」と絶賛した。 



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4チャンネルから
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 【サンホセ鉱山(チリ)時事】チリ北部コピアポ近郊のサンホセ鉱山に作業員が閉じ込められた落盤事故で、12日夜に開始された救出作業は13日午後9時55分(日本時間14日午前9時55分)、33人全員を無事引き上げて完了、空前の救出作戦は事故発生から69日ぶりに大成功のうちに終わった。

 現場ではピニェラ大統領らが見守る中、最後に救出された現場監督のルイス・ウルスアさん(54)が特殊カプセル「フェニックス(不死鳥)」から姿を見せると、「ビバ! チリ(チリ万歳)」などとひときわ大きな歓声が上がり、チリ国旗を振る人も見られた。ウルスアさんと抱き合った大統領は「チリはかつてなく結束し、世界でより尊敬されるようになった。作業員らは偉大な模範だ」と生還を果たした33人をたたえた。

 マニャリク保健相によれば、14日午前4時(同午後4時)ごろには全員が病院に移る予定で、異常が見られない作業員は同日午後(同15日午前)にも退院できる可能性がある。一方、同保健相は、救出後に病院に搬送された17人のうち、7人が集中治療室で治療を受け、うち1人は急性肺炎であることを明らかにした。2人も全身麻酔手術が必要なほどの歯の感染症を患っているという。特殊カプセルを使って深さ622メートルの坑道から作業員を引き上げる救助作戦は12日深夜にスタート。13日夜にかけて作業員が相次いで地上に帰還した。チリ当局は救出に当たり、長期間の地下生活を送っていた作業員に太陽光から目を保護するサングラスを着用させるなど、配慮を重ねた。救出された作業員は肺、心臓、皮膚、心理的影響に関する精密検査を受けている。当初36〜48時間を要するとみられていた救出作業は慣れるにつれて加速。トラブルもなく開始から22時間36分で作業員全員が救出された。この後、14日午前0時半(同午後0時半)すぎまでに、地下に降りていた救助隊員6人全員が地上に戻った







チリ 地底から全員生還 
2010年10月14日 14時06分

13日、チリ北部コピアポ郊外のサンホセ鉱山落盤事故で、作業員33人全員が救出され、抱き合って喜ぶ家族や知人ら(AP=共同)


 【コピアポ(チリ北部)=加藤美喜】チリ北部サンホセ鉱山の落盤事故で、地下七百メートルに閉じ込められた作業員三十三人の救出作業が十三日夜(日本時間十四日午前)、完了し、事故発生から六十九日ぶりに全員が地上に生還した。世界中がかたずをのんで見守った世紀の救出作戦は大成功を収めた。 

 午後十時(同午前十時)前、最後の一人のルイス・ウルスアさん(54)が引き上げられると、鉱山前の家族のテント村や近郊のコピアポ市中心部では一斉に歓声がわき起こった。作業員の後に残った救助隊員も、無事に地上に引き上げられた。ウルスアさんは、出迎えたピニェラ大統領に「救助隊員の皆さんに感謝します」と語った。

 作業員たちは順次医師の診察を受け、ヘリでコピアポ市内の病院へ搬送された。マニャリク保健相は十三日夕、作戦完了の数時間前の時点で、七人が集中治療室で治療を受け、うち一人は急性肺炎にかかっていると述べた。二人が深刻な歯の感染症にかかり、全身麻酔による手術が必要な状態だという。

 落盤事故は八月五日に発生、二十二日に三十三人全員の生存が確認された。地中深くまで直径約七十センチの縦穴を掘り、一人乗りの特殊カプセル「フェニックス(不死鳥)」を使って一人ずつ引き上げる救出作戦は大幅に短縮され、二カ月弱での成功となった。

◆結束守った『ボス』

 「三十三番目」はボスだった。最後に救出されたルイス・ウルスアさんは、リーダーとして作業員を統率、地中に閉じこめられた後も、同僚がパニックに陥らないよう強い指導力を発揮し、三十三人全員の結束を守りあげた。

 「あなたをとても誇りに思う。ありがとう」。出迎えたピニェラ大統領は、チリ国旗を首に巻いたウルスアさんを抱き締めると、感謝の言葉を述べた。

 ウルスアさんは「今の気持ちは言葉にならない。みな強い精神力があった。必ず脱出できると信じていた」と落ち着いた声で答えた。

 鉱山労働者の組合幹部だった義父の影響を受け、二十代から鉱山労働に従事。

 八月五日の落盤事故後は、全員で手分けをして脱出口を捜索。それがないと分かると、自らが過去に遭遇した鉱山事故の経験を生かしながら、冷静に仲間に規律を守らせ、救助を待った。

 全員が閉じ込められた地下約七百メートルの避難所には、わずか二、三日分の備蓄食糧しかなかった。ウルスアさんは一人あたりの食料分配を一日おきにツナ缶スプーン二口、牛乳をコップ半分、缶詰の桃を一切れだけと決め、食事は毎回皆で一緒に食べることと定めた。

 救助を待つ間は、落盤の影響がない坑道の長さや位置をしっかり把握し、空間を有効に使って生活した。

(東京新聞)

by momotaro-sakura | 2010-10-14 13:29