注目度急上昇中のパワースポット!大河ドラマのヒロインが眠る裏鬼門の寺

注目度急上昇中のパワースポット!大河ドラマのヒロインが眠る裏鬼門の寺
2月25日アメーバーニュース



みなさん、NHKの大河ドラマをご覧になっていますか? 毎年、主人公に縁のあるスポットには、たくさんの観光客の方が訪れて大変盛り上がります。

さて今年の大河ドラマは『江~姫たちの戦国~』。浅井長政の三姉妹を中心に描かれる戦国時代のお話です。

その主人公である江姫は、織田信長公を伯父に持ち、豊臣秀吉を義兄とし、徳川家の二代将軍の正室として嫁ぎ徳川家康を義父とした、言わば戦国時代のスーパーセレブ!

苦難と試練を乗り越え、戦国時代から江戸時代への移り変わりをその目で見守ってきた人物とも言えます。

出身地は今の滋賀県でそちらも盛り上がってるようですが、東京都心にも江姫に縁のある地があり、そんな江姫の幸運体質にあやかろうと早くも注目されている場所があるという情報をGetしました。

それが東京都港区にある「増上寺」です。



photo by Wikipedia
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というわけで、大河ドラマファンの私も、スーパーセレブにあやかろうと増上寺に行ってみました!

 この場所は、徳川家の菩提寺で歴代15代の将軍のうち6人が埋葬されている由緒正しいお寺です。江姫と夫・二代将軍・秀忠も眠っています。

ただし、増上寺では徳川家の墓所の一般公開は期間限定でしか行われておらず、江姫のお墓参りに来た方にとっては残念な結果かも......。

ただ、ここはもともと、パワースポットとしても有名なんです!

江戸時代、徳川家康公が江戸の裏鬼門として芝の地に移し今の位置になったそうです。その後、太平洋戦争の空襲で大半が焼けてしまうという被害を受けましたが、今でも重要文化財をたくさん残すほど長い年月隆盛を極めてきた場所でもあります。

有名な「三解脱門」。この大きな門をくぐると、3つの煩悩(むさぼり、いかり、おろかさ)を解脱すると言われています。国の重要文化財に指定されているこの門は、2階内部に釈迦三尊像と十六羅漢像が奉安されていて、こちら、3月18日~4月10日まで、戦後初の一般公開があるようです

3月18日(金)~4月10日(日)
法然上人八百年御忌を記念し、通常非公開の増上寺三解脱門(国指定重要文化財)を一般の方々に広く公開いたします。

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そして浄土宗である増上寺の大殿には、それは見事でずっと見ていたくなるぐらい美しい阿弥陀如来様の仏像が。

そして、大殿の右手にある安国殿には秘仏黒本尊のお姿が。家康公が深く尊崇したという黒本尊は、勝運・厄除けの仏様として、今でもずっと信仰されている仏様です。

江姫にあやかろうと女性の方の参拝が多いのかな? と思いましたが、夫婦やカップルでお参りしている姿が目立った気がします。正式な側室を持たなかったという、秀忠公のご利益もありそうですね(笑)。

余談ですが、隣にある東京プリンスホテルにあるレストランでも、今年は江姫にちなんだ企画やメニューを用意しているようで、ゆっくりではありますが確実に芝公園付近は盛り上がってきているようです。

徳川将軍家墓所は一般公開されていませんが、春の4月・5月には何日か公開される日が予定されています。年に何回かしかない貴重な日程ですので、その日に行くのもおススメです!

【関連リンク】
・増上寺

(西脇聖)


増上寺は14世紀の開基とされ、もと紀尾井町にありましたが、慶長3年(1598)江戸城の拡張に伴い、芝の現在地に移されました。寛永寺とともに、徳川氏の菩提寺とされ、大いに寺勢を誇りました。寺域内には、6人の将軍が葬られています。

維新後、境内の広範囲が芝公園となり、また、戦災により、本堂、五重塔など伽藍の大部分を消失しました。

現在でも、昭和49年に再建された本堂を中心にして、大寺の風格を示しています。


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増上寺の山門、三解脱門は、空襲に焼け残った貴重な建物です
この門をくぐると、三つの煩悩(貪、瞋、癡)から解脱できるとされています
門を正面および背後から眺めてみました




有章院霊廟二天門も空襲を免れました
有章院とは七代将軍家継のこと
家継はわずか4歳で将軍職に就き
8歳でなくなっています

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徳川家霊廟出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

日光東照宮(陽明門)
増上寺台徳院霊廟惣門
輪王寺大猷院霊廟
寛永寺厳有院霊廟勅額門
寛永寺常憲院霊廟勅額門
増上寺旧文昭院霊廟奥院中門(現在は増上寺徳川家墓所の入口)
増上寺有章院霊廟二天門
高野山徳川家霊廟徳川家霊廟(とくがわけれいびょう)は、江戸幕府の将軍職を務めた徳川将軍家歴代の墓所のことで、江戸(現・東京)の寛永寺と増上寺、及び栃木県は日光の輪王寺にある。江戸時代の建築技術・意匠の粋を集めた建築群として日光東照宮と並び称されるが、このうち寛永寺と増上寺の霊廟は、大部分の建物が1945年(昭和20年)の戦災で焼失した。


徳川歴代将軍の霊廟所在地1.徳川家康(1543年 - 1616年)
久能山東照宮・日光東照宮
2.徳川秀忠(1579年 - 1632年、家康の三男)
増上寺 台徳院霊廟
崇源院(1573年 - 1626年、秀忠正室で淀殿の妹)
増上寺 崇源院霊牌所
3.徳川家光(1604年 - 1651年、秀忠の次男)
輪王寺 大猷院霊廟
4.徳川家綱(1641年 - 1680年、家光の長男)
寛永寺 厳有院霊廟
5.徳川綱吉(1646年 - 1709年、家光の四男)
寛永寺 常憲院霊廟
6.徳川家宣(1662年 - 1712年、家光の三男甲府城主綱重の長男)
増上寺 文昭院霊廟
7.徳川家継(1709年 - 1716年、家宣の四男)
増上寺 有章院霊廟
8.徳川吉宗(1684年 - 1751年、御三家で、紀州家二代光貞の四男、家康の曾孫)
墓所:寛永寺、院号:有徳院
※吉宗以降は倹約の為もあり、大規模な霊廟は建築されず、寛永寺か増上寺のいずれかの霊廟に合祀し、宝塔が建立された。
9.徳川家重(1711年 - 1761年、吉宗の長男)
墓所:増上寺、院号:惇信院
10.徳川家治(1737年 - 1786年、家重の長男)
墓所:寛永寺、院号:浚明院
11.徳川家斉(1773年 - 1841年、御三卿で、一橋家二代治済の長男、吉宗の曾孫)
墓所:寛永寺、院号:文恭院
12.徳川家慶(1793年 - 1853年、家斉の二男)
墓所:増上寺、院号:慎徳院
13.徳川家定(1824年 - 1858年、家慶の四男)
墓所:寛永寺、院号:温恭院
14.徳川家茂(1846年 - 1866年、家斉の七男で紀州家十一代斉順の長男)
墓所:増上寺、院号:昭徳院
15.徳川慶喜(1837年 - 1913年、御三家で、水戸家九代斉昭の七男、一橋家九代当主)
墓所:谷中寛永寺墓地(谷中霊園内、神道形式で埋葬)
現存する霊廟建築日光日光東照宮 - 初代家康を祀る。
輪王寺大猷院霊廟 - 3代家光を祀る。
以上の建築群は国宝および重要文化財に指定され、世界遺産にも登録されている。

寛永寺厳有院(4代家綱)と常憲院(5代綱吉)の霊廟があったが、1945年(昭和20年)、大部分が空襲で焼失。焼け残った以下の建築が重要文化財に指定されている。

厳有院霊廟 勅額門、水盤舎、奥院唐門、奥院宝塔
常憲院霊廟 勅額門、水盤舎、奥院唐門、奥院宝塔
8代吉宗、13代家定の宝塔は常憲院霊廟、10代家冶、11代家斉の宝塔は厳有院の霊廟の敷地内に建っている。

増上寺台徳院(2代秀忠)、崇源院(秀忠夫人)、文昭院(6代家宣)、有章院(7代家継)の霊廟と、9代家重、12代家慶、14代家茂の宝塔があったが、1945年(昭和20年)、大部分が空襲で焼失。焼け残った以下の建築が重要文化財に指定されている。

台徳院霊廟 惣門(芝公園・ザ・プリンスパークタワー東京内)
台徳院霊廟 勅額門、丁字門、御成門(以上3棟は埼玉県所沢市に移築)
有章院霊廟 二天門(芝公園・東京プリンスホテル内)
これらの霊廟に祀られていた遺体は、1958年(昭和33年)に改葬され、墓所は増上寺本堂裏に移転している。現在の増上寺徳川家墓所の入口の門は、もと文昭院霊廟の奥院の門だったもの。秀忠夫人崇源院霊廟の一部は鎌倉建長寺に移築された。霊廟跡地は、東京プリンスホテル(文昭院、有章院等)、ザ・プリンスパークタワー東京(台徳院、崇源院等)となっている。

高野山初代家康と2代秀忠の霊廟は高野山塔頭・大徳院にも建築された(徳川家霊台)。国の重要文化財および世界遺産に指定されている。

安国院殿霊廟(家康)
台徳院殿霊廟(秀忠)
大徳院は徳川家の宿坊としても機能していた。霊廟以外の建物は明治期に金剛峯寺門前に移り、蓮花院という旧名に復したが、現在も徳川家歴代や大奥関係の位牌が祀られている。ちなみに奥の院には松平秀康および同母の霊屋があり、そちらも国の重要文化財および世界遺産に指定されている。

龍華院3代家光の霊廟は北条氏重により遠州掛川の龍華院(天台宗)にも建築された。化政期に焼失し、太田資始によって再建されている。静岡県の有形文化財に指定されている。

龍華院大猷院霊屋
by momotaro-sakura | 2011-02-27 15:34 | ぶらり東京散歩(近郊)