「死して屍拾う者なし…」 証明された「誠意なき」首相

「死して屍拾う者なし…」 証明された「誠意なき」首相


 「政治家の秘訣(ひけつ)は、ほかにはないのだよ。ただ誠心誠意の四字しかないよ。伊藤(博文)さんは、この政治家の秘訣を知らない」

 勝海舟は明治29年5月、倒れる直前の第2次伊藤博文内閣に引導を渡す際にこう語った。明治は遠くなりにけり。

 4日で首相指名から1年を迎える菅直人首相は、国民の批判に耳をふさぎ「やるやる詐欺」ならぬ「辞める辞める詐欺」を働き、その地位にかじりついている。明治の元勲にさえ苦言を呈した勝海舟がこの姿を見たら何と言うだろうか。

 首相は3日の閣僚懇談会で、2日の内閣不信任決議案採決直前に鳩山由紀夫前首相と交わした退陣の約束をあっさり否定した。

 「自分と鳩山氏の会話は確認文書に書いてある通りだ。それ以外のことは一切話をしていない」

 これを信じた閣僚はいないだろう。現に鳩山氏は首相を「ペテン師」呼ばわりして激怒している。

 不信任案可決の公算が大きくなった1日深夜から首相周辺は「民主党代議士会で首相が辞意を表明する」という情報を複数のルートを通じて流した。

 実際には「一定のめどがついた段階で若い世代に責任を引き継ぎたい」とあいまいな表現で退陣をほのめかしただけだったが、多くの民主党議員はあらかじめ「退陣」の2文字が頭にすりこまれていたために真に受けた。こうやって造反の芽を摘み、不信任決議案を否決した途端に「福島第1原発が冷温停止になるのが一定のめどだ」と来年1月までの続投を表明した。

 そこに「誠意」の「せ」の字もない。卑怯(ひきょう)で姑息(こそく)と言わずに何というのか。

 首相が愚弄したのは首相の延命に手を貸すピエロを演じた鳩山氏だけではない。首相の意思を尊重し不信任決議案に反対票を投じた党所属議員、そしてその背後にいる有権者も等しくこけにしたのである。

 勝海舟は「世の中に無神経ほど強いものはない」とも述べたが、首相の恐ろしさは特にやりたいことがない空虚さにある。

 小泉純一郎元首相は郵政民営化に執念を燃やした。鳩山氏でさえ意味不明ながら「友愛社会の実現」など政治理念があった。ところが、首相にはそれが全くない。だから国会で法案が通らず政策を実現できなくても、外国首脳にいくら「空手形」を切っても、へっちゃら。ただ、一日でも長く首相の座に居座ることができれば満足なのだ。

 首相はこれまで与野党議員に何と指摘されてきたか。「心がない」「誠がない」「信がない」-。今回の居直りは、これらの言葉が嘘でも誇張でもなかったことを証明した。

 不信任案提出をめぐり、多くのメディアは「大震災からの復興を前に首相を代えている場合か」「政局ごっこに興じる暇はない」というトーンで報じた。

 だが、これは「首相なんて誰がやっても同じだ」という政治的ニヒリズムにとらわれた見方であり、必ずしも正しくない。国家的危機に直面したならば、やはり無能な指導者は排除すべきだろう。まして「一定のめど」がつけば退陣せざるをえない首相が、復旧・復興や原発事故で「一定のめど」をつけようとするわけがないではないか
震災発生まもない3月中旬、民主党幹部が首相に歴代首相経験者を回って知恵を請い、協力を仰ぐべきだと進言したところ、首相はこう言い放った。

 「今さらおれが頭を下げるのか。小泉、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎なんかに『知恵を借りたい』と言わなきゃならないのか!」

 表で野党に協力を呼びかけつつ、本音では与野党協力よりも自分のプライドを優先させる。そこに政治による救済を待ち望む被災者への視点はない。

 首相に退陣を迫る与野党議員に政治的思惑があるのは間違いないが、それだけではない。良心と道理に従えば首相にくみすることができない。お天道さまが許さない。そう素直に考えた議員は少なくない。

 「よく『心がない』とか『信がない』とか言われるが、私なりに言葉には責任を持ってきたつもりだ」

 首相は3日の参院予算委員会でこう語ったが、与野党ともにあきれたように無反応だった。こうまで人心が離れた指導者の行く末はどうなるのか。国会中継を見つめる私の脳裏に時代劇「大江戸捜査網」のナレーションが流れ続けた。使命に徹した隠密同心に首相を重ねては失礼ながら。

 「死して屍(しかばね)拾う者なし、死して屍拾う者なし…」

    (阿比留瑠比)
産経ニュース  政論より
by momotaro-sakura | 2011-06-04 10:37