鹿島神宮

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開運ツアーの一回目は、「鹿島神宮」です。神社と神道とは日本固有のものです。開運するにあたって、神社は有効であることは広く知られています。よい気にふれると運命が好転しますが、神社にはよい気が溢れているのです。神社は全国に約八万あるといわれています。そのくらい、地域に密着してきました。気学でも吉方位と神社とを関連づけていますし、「祐気取り」「お水取り」といった開運法も神社の土や水をいただくことで成立します。霊能者の話では、「神社には悪霊がまったくいない」そうです。おそらく、墓がないのが原因であろうと推測されています。また、科学的に磁場の善し悪しの研究を行ったデータからも、どの神社も磁場のよい場所にあることが実証されています。明治時代以降は、関東では「諏訪大社」「箱根神社」「鹿島神宮」のご利益が高いとされてきました特に「箱根神社」と「鹿島神宮」には、企業経営者・政財界人の崇拝者が多くいます
利根川の下流を挟んで鎮まる茨城県の鹿島町の鹿島神宮と、千葉県の佐原市の香取神宮は、鹿島・香取」と並び称される関東最古の大社です。本日は、鹿島神宮で自然の気を感じながら参拝してみましょう。杜[もり]に囲まれた神社ほど、ご利益があるといわれますが、鹿島神宮は、「神話では大国主命[おおくにぬしのみこと]を従わせた力強い雷の神をまつる神社」として知られ、とりわけ勝負によいとされてきました。源頼朝をはじめとする鎌倉幕府の有力者たちは、鹿島大社に社領を寄進しましたし、徳川家も鹿島大社を自家の守りとして社領地を寄進しました。現在でも、強い武神である鹿島の神に開運を願う参拝者が多くいます。神霊研究家で霊能者の深見東州[ふかみとうしゅう]氏は、
鹿島神宮は気力、体力、やる気、実力を与え、最後まで成就する力を授けてくださる剣の神とされてきました。…(中略)…トップを狙うぞ、奪取するぞ、というここ一番のときは鹿島。そして、いったん奪取したトップの座や政権を維持していくときも鹿島。これはもう、私自身体験し、ご神霊にもお聞きし、神霊界の神様にも確認済みのことでございます。…(中略)…必ず鹿島に参拝していたのが佐藤栄作さん。忙しくて本人が来られないときには、秘書さんが来ておりました。それまでは一番の長期政権は佐藤栄作さんです。ノーベル賞なんかをもらいましたね。佐藤栄作さんは神仏に対する信仰が深くて、必ず鹿島へ来ておりました。そうやって政権を長く維持していこうというときには、鹿島が一番。…(中略)…延喜式による神社の神名帳では、伊勢神宮と鹿島、香取だけが神宮と名乗ってよいとされておりました。その当時は伊勢、鹿島、香取しか許されなかったのです。神宮というのは、昔は三つしかなかった。それだけ、やはり、皇室と伊勢に匹敵するだけの次元の高い動きをしているわけです。…(中略)…徳川家康も鹿島神宮に参拝しておりますし、藤原政権の元、平安時代の基礎をつくったのは、霊的背景からいうと、みんな鹿島です。春日大社の元になった鹿島。これを考えれば、鹿島の神様のことがよく理解できるはずです。」と述べています。
…… 弐 ……
鹿島神宮の祭神の武甕槌命[たけみかずちのみこと]と香取神宮の祭神の経津主命[ふつぬしのみこと]とは、「霊剣フツノミタマ」の神霊とされています。「霊剣フツノミタマ」は、素盞鳴尊[すさのおのみこと]が八岐大蛇[やまたのおろち]を退治したときに振るった十柄剣[とつかのつるぎ]であり、邪霊を防ぐ霊力があるとされています。「フツノミタマ」とは、古代の鎮魂祭の儀式に用いられる祭具をさし、宮廷祭祀の鎮魂の儀礼に使われました(その儀礼を担当していたのが物部氏でした)。☆神社の基本☆
神社参拝の作法
◆鳥居をくぐる。
鳥居の中心(正中[せいちゅう])は神様の通り道なので、中心を避けて歩く。
軽く一拝するとよい。参拝後も、振り返って軽く一拝するとよい。
◆手水舎[ちょうずや・てみずや]で清める。
まず、軽くおじぎ(小揖[しょうゆう])をします。それから次のような手順で行います。
1)左手を清める。
2)右手を清める。
3)左手に水を溜めて、口をすすぐ。 柄杓に口をつけるのは「杓水(しゃくみず)」
といわれて、無作法なのでやらないこと。
4)口をすすいだあとで、左手に水をかける。
5)柄杓の柄を清める。
6)柄杓を元のところに伏せて置く。
おわりも、軽くおじぎをします。
◆二礼二拍手一礼〔二拝二拍手一拝〕を行う。
1)軽く拝礼をする(一揖)。
2)お賽銭(硬貨)を鳴らしながら入れる。
3)三回ほど鈴を鳴らす。
4)二礼(二拝・二回深いおじぎ)する。
5)二拍手(二回手をうつ)する。
6)(合掌して願い事を伝える。)
7)一礼(一拝・一回深いおじぎ)する。
8)右回りで神前から下がる。
◎正式参拝の場合は、拝殿で行う。社務所で申し込みを行い、拝殿にあがる。
拝殿では、まずお祓い(修祓[しゅばつ])を受け、続いて祝詞が奏上される。
そのあと、玉串[たまぐし]を神前にささげ、二拝・二拍手・一拝を行う。
…… 参 ……

鳥居の役割
神社の入り口にある鳥居は、神が降りてくる神域と人間が住む世界とを区別するために置かれたもので、神殿がなくても鳥居があれば、そこが神域、すなわち神社とされます。起源については、インドの仏塔の門であるトラーナをまねたものであるとか、中国の宮殿などの前に置かれた華表[かひょう]という門にならって作られたという説があります。名称は神域に「通り入る[とおりいる]」がつまって「とりい」となったのであろうと、推測されます。

狛犬[こまいぬ]
参道の両側に、魔物が神域に入らないように警戒する魔よけや神前守護のための狛犬が一対置かれています。これはオリエントやインドのライオン像が、中国・朝鮮半島をへて伝えられたものです。その異様な姿が高麗[こま](朝鮮)の犬とされたものです。向かって右側が「阿(あ)」、左側が「吽(うん)」となっています。

鈴の役割
鈴を振る行為は、「鎮魂」[たましずめ]や「魂振り」[たまふり]と呼ばれる神事とされています。この手法が各地の神社に取り入れられていったものと考えられています。古代人は、鈴の音が神霊を招き邪霊を払うことによって、人間の持つ霊力が高まると考えていました。空中に多くの見えない精霊がいると考えていた古代人は、空気を揺らすことで、精霊の世界に自分の魂の意思を伝えることができると考えてきたのです。

賽銭の役割
賽銭の本来の役割は、日常生活で知らず知らずのうちに自ら犯した罪や穢れを清めてもらうために賽銭を神前に捧げることです。その賽銭は、祭りなどの費用にあてられていました。これは、祓具[はらえつもの]という考え方からきています。『日本書記』に、天照大神[あまてらすおおみかみ]を怒らせて日食を起こした素盞鳴尊[すさのおのみこと]が、自らのための祓いを行うときにすすんで「千座置戸」[ちくらのおきど](1000ほどの数の台に載せた多くの捧げもの)を差し出した話があり、これが祓具[はらえつもの]の起源とされています。

…… 四 ……

拍手[かしわで・はくしゅ]
拍手は、神様に敬意を表す表現である。柏手がうまく鳴らない場所は、霊的によくないと言われています。「左手は陽・霊」「右手は陰・身体」とする考え方があるので、右手を少し下げてから打つようにしたいものである。

神社の格付け
神宮[じんぐう]……………皇室と深いゆかりのある神社
(例)伊勢神宮・鹿島神宮・香取神宮
大神宮[だいじんぐう]……特別な社号(例)東京大神宮
宮[ぐう]……………………特別の由緒を認められた神社(例)天満宮・東照宮
大社[たいしゃ]……………地域信仰の中核をなす大きな神社(例)出雲大社・春日大社
神社[じんじゃ]……………もっとも一般的な神社
社[しゃ]……………………比較的規模の小さな神社

神職の格付け
一般には、神職のことを関東では「神主さん」、関西では「禰宜さん」と呼んでいますが、正式名称ではありません。伊勢神宮では、次のように六つの格付けがされています。
①祭主[さいしゅ]
②大宮司[だいぐうじ]
③少宮司[しょうぐうじ]
④禰宜[ねぎ]
⑤権禰宜[ごん(の)ねぎ]
⑥宮掌[くじょう]

だいたい比較的大きな神社では、次の四つをおいています。
①宮司[ぐうじ]神社を代表し、祭祀や事務を監督する。
②権宮司[ごん(の)ぐうじ]宮司を補佐する。
③禰宜[ねぎ]宮司を補佐して祭祀や社務を行う。
④権禰宜[ごん(の)ねぎ]禰宜を補佐する。
しかし、「宮司」か「禰宜」しか置いていない小規模の神社も多くあります。

…… 伍 ……

☆解説☆

鹿島神宮[かしまじんぐう]
茨城県鹿嶋市宮中2306-1(JR鹿島線鹿島神宮駅徒歩7分)
(主祭神)武甕槌命[たけみかずちのみこと]―武の神

武甕槌命[たけみかずちのみこと]は、「鹿島さま」と呼ばれ「剣の神」「武道の神」とされています。神話では伊邪那岐命[いざなぎのみこと]が火の神カグツチ命の首を斬りおとしたときに流れ出した血から生まれた剣の神とされています。また、武神として建国創業神話に登場します。『日本書記』によると、天照大神[あまてらすおおみかみ]の切り札とて地上に派遣され、出雲国に赴いて大国主神[おおくにぬしのかみ]を威嚇しながら説得して「国譲り」を実現し、地上統治権の譲渡を承諾させました。さらには、神武天皇の大和入りの途中で紀州熊野の地で、韴霊剣[ふつのみたまのつるぎ]を下して行路の賊を平らげました。この剣は、鹿島神の神霊で、現在は国宝に指定されている巨大な刀です。武甕槌命の基本的な性格は雷神であり、水神として祀られて農耕と深く関係しました。『常陸国風土記』の香島郡[かしまのこおり]の条に、鹿島神が船を陸と海に自由に往来させたとあります。これは海と陸との境界にあって、悪霊を防ぐ神霊であることをうかがわせます。そうした境界神としての姿は、関東・東北の鹿島信仰の「鹿島人形流し」にみることができます。
祭頭祭[さいとうさい](三月九日)は、奈良時代の防人[さきもり]たちの出陣を今に伝える祭りです。東国の防人たちは、鹿島の社頭に集結して、任期三年の九州の防備に旅立っていきました。「鹿島立ち」という言葉は、ここから生まれました。
大和政権の中枢で権勢を振るった藤原氏(藤原氏の祖である中臣氏は常陸を本拠としており、常陸[ひたち]の鹿島と下総[しもうさ]の香取の豪族は中央の豪族の中臣氏に従ったことから、中臣氏が鹿島の神を信仰しはじめました)は、奈良の平城京に春日大社を創建して鹿島神を勧請して、全国区の神となりました。
ご神徳としては、「武道・競技・政治必勝成就・芸能上達・旅行安全・安産・厄除け・縁結び・殖産興業・出世開運・五穀豊穣・家内安全・諸難除け」、また海に関しては、「豊漁・航海安全」などです。

…… 六 ……

鹿園[ろくえん]
鹿島は鹿の発祥の地とされています。ここの鹿を春日大社に連れて行きました、そのときに鹿が神使[しんし]として分魂を乗せてきたことから、春日大社では放し飼いにされています。そののち鹿島の鹿が絶えてしまったので、春日大社の鹿を逆に連れてきたといわれています。現在では30頭ほどの鹿がいるようです。

要石[かなめいし]
要石は、鹿島神宮の臍[へそ]と呼ばれています。地下熱があるためか、要石には雪が降っても積もらないのです。また、要石が茨城県の地盤を支えているために、茨城県には大地震が起きないといわれています。江戸時代の浮世絵には、要石が鯰[なまず]を押さえ込んでいる絵が描かれています。当時、鯰[なまず]は地震を予知することから、逆に、鯰は地震を引き起こすものとされてきました。要石のお守りは、「諸難除け」のお守りとされています。こういったことから、鹿島神は「地震封じの神」とも言われています。

御手洗池[みたらしいけ]
御手洗池は、奥の鳥居から湧き水が出ていて鯉がいます。だいたい、湧き水が出ていて鯉がいるところには龍神がいるといわれています。そのため一種の霊的空間といわれているのです。そして、神職がこの御手洗池で斎戒沐浴し、身を清めて禊をします。それから神主衣装を身に付けるのです。

長命水[ちょうめいすい]
 御手洗池の湧き水を「長命水」と呼びます。近隣の茶店では、それを用いて「みたらし団子」や「蕎麦」、「甘酒」などを調理しています。お正月には特別期間限定で、開運メニューも用意しているようです。

御船祭[みふねさい]
12年ごとの午年に行われる式年大祭で、九月二日に行われるもので大船津から神輿が渡御し、2000人の供奉員が50隻の船に乗って、渡御し、香取神宮の御迎祭[おむかえさい]を受けるものです。

…… 七 ……
☆参考資料☆
鹿島・香取・春日信仰

○香取神宮[かとりじんぐう]千葉県佐原市香取1697(JR成田線佐原駅からバス10分)
(主祭神)経津主命[ふつぬしのみこと]
経津主命[ふつぬしのみこと]は、「香取さま」と呼ばれている「剣の神」「武の神」で、今日ではスポーツ選手の必勝祈願、各種試験の合格などの祈願で人気があります。『日本書紀』では、大国主神[おおくにぬしのかみ]に国譲りをさせるために出雲に下って、鹿島神とともに出雲平定に大功のあった武神とされています。『古事記』によると、鹿島神宮の祭神の武甕槌命[たけみかずちのみこと]と経津主命[ふつぬしのみこと]とは、霊剣フツノミタマの神霊とされています(他に親子の説もあります)。またの名を伊波比主命[いはひぬしのみこと]といいます。東国随一の大社として、朝廷や藤原氏だけでなく、源頼朝をはじめとして武将らの崇敬を厚くしました。現在でも講道館には、鹿島神宮のお札と香取神宮のお札を並べているそうです。「鹿島・香取」はセットで考えるとよいでしょう。
室町時代中期頃に発生した飯篠長威斎家直[いいざさちょういさいいえなお]を始祖とする天真正伝香取神道流[てんしんしょうでんかとりしんとうりゅう]はこの地を源流とするもので、塚原卜伝[つかはらぼくでん](鹿島神道流の祖で剣豪の誉れが高い)も長威斎[ちょういさい]の門流といわれています。鹿島神宮との違いとしては、鹿島神宮が「朱塗り」の社殿で武神の威厳を打ち出すつくりであるのに対し、香取神宮は「黒塗り」の社殿の美しいつくりとなっており、香取の神は水をつかさどり、その水が女性を美しくするという信仰もあることです。そのことから、美しさを得たいと願う女性や、良縁を求める女性が香取神宮に参拝しています。
ご神徳は、「武道・競技必勝成就・試験合格・出世・開運招福・災難除け・延命長寿・農業・海上安全・殖産興業・安産・夫婦和合」などです。

○春日大社[かすがたいしゃ]
(主祭神)
第一殿・武甕槌命[たけみかずちのみこと](鹿島神宮)
第二殿・経津主命[ふつぬしのみこと](香取神宮)
第三殿・天児屋命[あめのこやねのみこと](枚岡神社[ひらおかじんじゃ])
第四殿・比売神[ひめがみ](枚岡神社)
縁起によると、和銅三年(710年)に奈良に都が移されたときに、藤原不比等は氏神と崇める鹿島の神を春日山に迎え、平城京の守護神として祭ったとされています。現在の社殿は称徳天皇(母が藤原氏の出身である光明皇后)の命令で築かれたとされています。王朝時代には、摂関家の藤原氏の氏神神社として、朝廷や一般の崇敬を厚くしました。鹿島神宮の祭神が白い鹿に乗って奈良にやってきたことから、春日大社の周辺では神の使いとしての鹿が放し飼いにされています。
占い人間学より
by momotaro-sakura | 2011-08-16 08:54