福島第一原発の5~6号機

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今度の東北太平洋沖地震で過酷事故を起こした、福島第一原発の5~6号機(双葉郡双葉町)の写真です。昨日の写真は1~4号機でしたが、こちらは双葉郡大熊町に位置しますから、福島第一原発と言うのは、双葉郡の大熊町と双葉町に跨っていたのです。

写真の左下方の四角い建物が5~6号機ですが、今度の地震と津波では停止中でも有ったから過酷事故には成らずに済んだのです。尚、4号機の炉型はBWR(マークⅠ)と呼ばれる最も古い形式で停止中でなければ過酷事故につながっただろう。東北地方太平洋沿岸部を始め、関東地方は全滅ですね。尚、6号機は同じBWRですが、マークⅡ型と呼ばれ改良されています。

写真の中央付近(海辺)は、海に突き出た断崖絶壁が見えますが、この高さは約30m程度有るようです。この高さに原発炉が有れば津波の餌食になる事は無かったが、岩盤に到達するまで掘り下げてしまったのです。津波は海面から14~15m程度の高さで、押寄せたから、恐らく断崖絶壁の中間程度まで津波が来たのだろうか。水に浸かって当然ですね。同じ太平洋沿岸の茨城県東海村の「東海発電所(原発)」は、海面から8.0m程の建屋だったのですが、既存の防護壁(3.8m)に加えて、2.8m程度嵩上げしたのです。それでも未完成だった海水ポンプ室に水が入り、3台中の1台が故障し、残る2台で冷却が出来たのです。この東海発電所(原発)には感謝しなければ成りません。

どの様な理由で、東電の福島第一原発は対策を講じなかったのだろうか。事故調査委員会で徹底的な検証が必要です。一流企業で有れば、品質とか安全管理部門の者で、気骨の有る者がいて「津波が来たらヤバイです」と、意見具申する者が必ずいる筈です。聞く耳を持たない企業は、必ず消滅の憂き目にあうのです。

さて福島第一原発周辺の3Km圏内は未だ水素爆発による線量が高く、自宅に戻れる日は容易では無いようです。日本各地に有る原発は国策だと言うから、国の責任で徹底的な徐染を行い、住民に財産(美しい故郷)を早く帰すべきです。汚染された周辺住民の悲惨や無念等は、関係の無い者には殆ど理解出来ない様です。心無い中傷のブログ「注:2チャンネル」を読むと心が痛みます。同じ日本人で有るならば痛みを分かち合うべきでしょう。原発には安全と言う言葉は無く、それは愚かな人間のミスで生じるのです。福島第一原発等では、過去にも電源が切れて、炉内の水位低下とか、臨界事故が発生したのです。東電とか国はその都度隠していたのです。原子力委員会とか、原子力.保安院等は、どれ程の役に立っていたのでしょうか。今となっては大きな疑問です。もしも原子力行政を継続するので有れば、組織の改変が急務です。


福島県太平洋沿岸の戦国時代終期の慶長16年10月には、三陸沿岸とか北海道東岸に地震が有って、この地震は震害よりは津波の被害が大きかったようです。三陸沖では15~25m程の津波だったと言う。伊達政宗の領内では、死者1,783人で、岩沼辺(宮城県岩沼平野)では、家屋は全て流されて、阿武隈川では一里余ほど津波が遡上したそうです。

今、福島県の相馬藩の記録を見ると「相馬利胤公」の時代の慶長16年10月28条には「海辺津波(生波)御領分の者七百人溺死」と有ります。これ以上の詳細な記録は有りませんが、恐らく、原発周辺の双葉郡等にも傷跡(土中)が有るかも知れません。要するに、この様な太平洋沿岸部を掘り下げて、原発等は造るべき場所では無かったのです。福島第二原発等は即「廃炉」にすべきです。その跡地には風力発電が良いでしょう。


日本歴史と雑事記録
http://red.ap.teacup.com/applet/hangui/20110822/archive
より出典
by momotaro-sakura | 2011-08-25 08:47