困った中国大使

矢作徹のブログより
2012年7月8日日曜日

困った中国大使

政府は尖閣列島の国有化に向けてようやく動き始めた。7月6日、首相補佐官と官房副長官が都庁に出向き、「国が直接尖閣列島を購入したい」と意向を伝えた。石原都知事は、以前、都で購入後「国に売却しても良い」と発言したが、中国批判を繰り返す都知事よりも、国が直接購入したほうが中国の反発を軽減でき、弱腰外交の国内批判を軽減できると政府は考えているのだろう。

しかし、尖閣列島の所有者は国に対する不信感が根強くあり、都への売却も石原氏との個人的な信頼感によって決断したことが「文芸春秋7月号」に書かれている。現在のところ、直接、国に売却されるには所有者の意向が壁となっている。都が購入するとしても現地の測量が必要であり、2013年3月まで国に借地権があることから、国が簡単に測量の許可を出す事は考えにくい。最終的には国が尖閣列島を所有するのが望ましいので、国が直接測量を行うか、都の要望を認めて測量を許可するべきである。

ところで、尖閣列島問題と関連して、国益を損ね続ける丹羽宇一郎中国大使を一刻も早く更迭しなければならない。以前、丹羽大使が作家の深田祐介と行った対談の一部を紹介したい(内容はウキペディア「丹羽宇一郎」の「対中従属を唱える不適切発言」を改稿)。

丹羽 「将来は大中華圏の時代が到来します」
深田 「すると日本の立場はどうなりますか」
丹羽 「日本は中国の属国として生きていけばいいのです」
深田 「日本は中国の属国にならなくちゃならないんですか」
丹羽 「それが日本が幸福かつ安全に生きる道です」

また、昨年、雑誌Will編集長花田紀凱との面談では、南京大虐殺について「死者の数は30万人だか20万人だか10万人だかそれは分からない。争えば両国にとって損」と南京大虐殺という中国側が作り上げた虚構をそのまま容認する発言をした。台湾問題については「台湾独立なんてとんでもない。絶対にあり得ません」と中国の主張を支持し、ODAについても「どんどん削ってるけど、たいした額じゃないんだから、続けるべきです」と発言をしている。

中国へのODA(政府開発援助)は現在徐々に削減されており、以前の鉄道敷設や空港整備などのハード面からの協力が、知的財産権の保護、食の安全性を高めるプロジェクトなどソフト面の強力に移行しつつある。また、国民一人あたりの所得はインドやフィリピンと同じ中等レベルであり、中国とのパイプを確保する点からもODAを続ける意義は少なくない。

しかし、中国はGDPで日本を抜き、アフリカなど資源国に積極的にODA援助を行ない、軍事力を拡大し続け、海洋進出では日本だけではなく、フィリピン、ベトナムなどに対して不当な行動をとり続けている。国内の民主化運動を弾圧し、言論統制を行い、北朝鮮を支援し続ける国に対して、なぜ日本が経済協力をしなければならないのかという違和感を覚える国民も多いだろう。ところで、以前、対中国ODAの9割以上は円借款であったが、北京五輪の前年で終了している。それまで30年間に中国に行われたODAの総額は3兆3千億円にも達している。この援助金が現在の中国の発展を支えたことは間違いない。

震災復興の財源難を理由に対中国ODAは500億円削減されたため、現在の対中国ODA予算は50億円規模にとどまっている。丹羽大使の「どんどん削ってるけど、たいした額じゃないんだから、続けるべきです」という発言は言い換えれば「これまで3兆円以上も出してきたんだから、中国政府の感情を害さないためにも50億円程度の金を出し惜しみすべきではない」となるのだろう。

丹羽宇一郎(1939~)は60年安保で学生運動の先頭に立った人物で、思想の根底には反国家思想がある。名古屋大学法学部を卒業後、伊藤忠商事に入社。1998年、代表取締役に就くと負債を抱えた会社を立て直した。電車で通勤し、昼食はコンビニ弁当で済ませるなど、庶民目線の経営者としても知られる。こうした行動も中国やソ連を理想化した学生運動の思想が底流にあるのだろう。

中国政府と太いパイプはあるとしても、中国関連の事業を続けている伊藤忠側に立った中国に対する配慮が多すぎて、政治家や評論家から「中国べったり」という批判が噴出しており、先月には自民党が丹羽大使の更迭を要求した。外務省幹部も「伊藤忠が中国にものを言えるわけがない」とか、岡田副総理からも「日本の大使としては機能していない」「(民間主導を主張して政権政党となった民主党の)政権交代のコストだ」と認めた発言があった。さらに、丹羽氏が伊藤忠時代に中国政府要人に多額の献金を行った事実があり、これは日本が拠出したODAの事業を受注するための賄賂である。また、彼が李鵬(元首相)の子息に数十億円の献金を行ったことで大阪国税庁の摘発を受けている。

尖閣諸島の中国船衝突事件では中国政府から夜中に呼び出されてノコノコ出かけて行ったり、中国船長の解放後に中国政府に会談を申し入れたが拒絶されているように、中国政府は丹羽大使を伊藤忠の「御用聞き」かのようにあしらっている。さらに、昨年12月、政府や民主党内でも中国に対するODAに厳しい批判が上がる中、丹羽大使はODAの増額要求をしていた。大使失格と言われてもやむを得まい。

さらに丹羽大使が関与して国益を損なった大きな事件として中国領事館新設問題がある。

2011年、北京市に新築した日本大使館に対して、設計図面にない「吹き抜け」が作られているとして中国政府が使用を許可しない事態が半年以上も続いていた。この件を解決する案として丹羽大使は「日本大使館の使用を認める代わりに、新潟と名古屋に中国側の要求する総領事館用の土地取得ができるように便宜を計らう」という口上書を中国側に渡していたことが判明。問題の土地の広さは5000坪以上もあり、総領事館としては異常な広さである。また、総領事館は治外法権であり、そこでは日本の法律が通用しない外国と同じなので、国防上も非常に問題である。なお、口上書が渡った2日後に、中国政府は日本大使館の使用を認めた。

会社の運営で実績を上げたとしても、政治家としての資質があるとは限らない。こうした問題が次々と起こるのも、丹羽氏に確固たる政治ビジョンや国家感がないからだろう。政治家は書生の論ではなく、国益にかなった現実の政治を行わなければならない。「中国の属国となったほうが幸福で安全に生きることができる」などと発言する丹羽氏を中国大使に任命したのは、かつて同じ学生運動のリーダーで「逃げ管」と揶揄され、その後市民運動のリーダーから総理大臣にまで上りつめた管直人。丹羽大使の問題は原発問題とともに彼が残した困った置きみやげである。

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ウキペディアより
丹羽 宇一郎(にわ ういちろう、1939年(昭和14年)1月29日 - )は、日本の元実業家、元外交官である。

伊藤忠商事会長・社長、日本郵政株式会社取締役、認定特定非営利活動法人国際連合世界食糧計画WFP協会会長などを歴任の後、2010年(平成22年)6月から2012年(平成24年)9月まで中華人民共和国駐箚特命全権大使を務めた。


人物 [編集]

愛知県名古屋市出身。愛知県立惟信高等学校を経て、名古屋大学法学部卒業。

学生時代 [編集]

名古屋大学在学中には自治会会長を務め、学生運動家として60年安保闘争では先頭に立った。1962年(昭和37年)3月、同学法学部を卒業。

伊藤忠商事 [編集]

大学卒業後の1962年(昭和37年)4月、伊藤忠商事に入社。社内では主に食料関連事業を担当した。

1998年(平成10年)には代表取締役社長に就任。多額の負債を抱えていた伊藤忠商事の業績を2001年(平成13年)3月期決算では過去最高の705億円の黒字を計上するまでに回復させた。2004年(平成16年)から取締役会長となり、2010年(平成22年)4月1日より取締役相談役に転じた[1]。

社長就任中には、同社の関連会社であるファミリーマートや吉野家の弁当を自ら購入し昼食を済ませ、出勤には、運転手つきの自動車などを使用せず、社員の目線に立つために電車を使用していた。

伊藤忠商事における略歴 [編集]
1989年(平成元年)4月:食料第二本部長心得兼油脂部長
1990年(平成2年)4月:業務部長
1992年(平成4年)6月:取締役
1994年(平成6年)6月:常務取締役
1996年(平成8年)4月:専務取締役 生活産業グループ統括役員兼食料部門長
1997年(平成9年)4月:取締役副社長社長補佐 経営企画担当役員兼海外・開発担当役員兼生活産業カンパニー管掌
1998年(平成10年)4月:取締役社長
2004年(平成12年)6月:取締役会長
2010年(平成22年)4月:取締役相談役

政府関連職 [編集]

2006年(平成18年)から2008年(平成20年)まで内閣府経済財政諮問会議議員、2007年(平成19年)4月1日から地方分権改革推進委員会委員長を務めた。

日本共産党の機関紙は2006年(平成18年)2006年、同年1月18日に開催された第1回経済財政諮問会議で丹羽が日本にホワイトカラーエグゼンプションの制度が未整備であることの弊害を指摘したことを報じ、「年収900万円以上に到達しない若手社員に対して長時間労働や残業代削減を強いようとしている」と、名指しで批判した[2]。一方、実際には丹羽は同じ会議において、「最低賃金の引き上げによる格差是正」や、「セーフティーネットの整備」も提言していた[3]。

中国大使 [編集]

それまで伊藤忠商事取締役を務めていた丹羽は、2010年(平成22年)6月17日付で中華人民共和国駐箚特命全権大使に就任した[4]。伊藤忠商事取締役については大使就任前日の同年6月16日をもって退任している。

中国政府とのパイプを持つ財界人として、初の民間出身駐中国大使として菅直人政権下で起用された丹羽であったが、東京都の尖閣諸島購入計画について「日中関係に極めて深刻な危機をもたらす」と発言したことが日本の国益を損なうとして2012年(平成24年)6月には自由民主党が更迭を要求をしている[5]。

丹羽の外交姿勢は、すでに経済規模で日本を上回るようになった中国に対するODA(政府開発援助)を、「日中関係改善のため続けるべきだ」とする言動などについて、対中ビジネスを重視してきた伊藤忠商事の社長経験者であることと関連した批判がある。

青木直人は、「丹羽と中国の関係については伊藤忠商事時代からのものであり、丹羽らが複数の中国政府要人に多額の献金を行なっていた事実がある。事実上、これは日本からのODAによる事業を受注するための賄賂である」とされ、とりわけ丹羽が元首相・李鵬の子息に対して行った数十億円規模の献金については大阪国税局の摘発を受けていたと指摘している[6]。

言動 [編集]

2010年(平成22年)9月7日に発生した尖閣諸島中国漁船衝突事件では、中国政府に早朝に呼び出された上、事件後にフジタの社員4人が中国政府に拘束された問題につき、中国外務省側に会談を申し入れたが拒否された[7]。

12月18日、政府・与党内にて対中政府開発援助(ODA)に厳しい声が上がっている中、丹羽は中国への政府開発援助を増額するよう外務省本省に意見具申し、ODA強化による環境ビジネスや人材交流の促進が、中国に進出する日本企業の利益や日本の国益につながるとの見解を示した。 [8][9]。

「名古屋中国総領事館の国家公務員宿舎跡地移転問題」および「新潟中国総領事館の万代小学校跡地移転問題」も参照。

2011年(平成23年)、日本が北京市に新築した日本大使館に対し、中国当局が「設計時には無かった吹き抜けがある」として使用を許可しないという事態が半年に及んでいた。

この件で丹羽は中国当局より、北京の日本大使館の使用を許可する代わりに中国が新潟市と名古屋市に総領事館用の土地を取得することを認めるように要求された。

丹羽は2012年1月19日に、「日本国内の中国総領事館移転に際し、国際法及び国内法に則った上で対処する」と、事実上は新潟市と名古屋市の広大な土地を中国政府が取得できるよう便宜を図ることを示唆する口上書を中国側に渡したことを発表、そしてその2日後には中国当局による北京・日本大使館の建築確認が与えられた。国会・予算委員会で外務大臣・玄葉光一郎は、北京に新築された日本大使館の問題と中国が日本国内で大規模な中国領事館を所有することの問題とはそれぞれ別問題であるとしながらも、中国に対して「中国側の要請に関連の国際法に従い、中国国内法令の範囲内で協力する」旨の口上書を渡していたことを認めた。
国会でこの件を質問した自由民主党衆議院議員・小野寺五典は、「日本政府が中国に尻尾をつかまれて、どう考えても常識外の広大な土地を中国の領事業務に差し出すことへの協力を約束してしまった」としている[10]。櫻井よしこはこの一件について、民間企業の土地事案であるが問題があり、丹羽や玄葉・外務省の外交姿勢に発端があると非難した[11][12]。

伊藤忠役員時代の発言等 [編集]

作家の深田祐介は、かつて丹羽が伊藤忠商事の役員時代に面談した際、「将来は大中華圏の時代が到来します」と言い切り、「すると日本の立場はどうなりますか」と反問する深田に対し「日本は中国の属国として生きていけばいいのです」と続け、「日本は中国の属国にならなくちゃならないんですか」と深田が聞き返すと、「それが日本が幸福かつ安全に生きる道です」と繰り返したという[13]。

花田紀凱によれば、2011年3月に北京の日本大使館で丹羽と面談した際に、南京大虐殺について「死者の数は30万人だか20万人だか10万人だかそれは分からない。争えば両国にとって損」と発言した。また、台湾独立問題について「台湾独立なんてとんでもない。絶対にあり得ません」、尖閣衝突事件については「マッサージに行っても、中国の庶民は尖閣のセの字も言わない。関心持ってませんよ」と発言し、さらにODAについても「どんどん削ってるけど、たいした額じゃないんだから、続けるべきです」と続けたという。

東京都による尖閣諸島購入計画への発言 [編集]

東京都は2012年、日本と中国と台湾が領有権を主張する沖縄県石垣市の尖閣諸島をそれまでの土地所有者から独自に購入する計画を発表したが、丹羽はこれに対して反対を表明する言動をしていることが明らかとなった[14]。

最初に明らかになったのは英紙『フィナンシャル・タイムズ』によるインタビューで、丹羽は東京都知事・石原慎太郎が表明した尖閣諸島の購入計画について、「実行されれば日中関係に重大な危機をもたらすことになる」として、日本政府関係者として初めて反対を明言した[15]。この発言に対し、石原は「知らない。言わせておけばいい」と不快感を示し、官房長官・藤村修は「領土問題など存在しない」とする日本政府の立場から「政府の立場を表明したものでは全くない」と弁明した[16]。

また、関連して、同年5月4日に衆議院議長・横路孝弘(旧社会党)と中国国家副主席・習近平国家副主席との会談に同席した丹羽が、「日本の国民感情はおかしい、日本は変わった国なんですよ」と、東京都の計画に賛意を示す日本の世論を揶揄・批判していたことも判明している
[14]。

これら一連の事態について外務大臣・玄葉光一郎は丹羽が日本政府に陳謝していることを明らかにすると同時に、丹羽に対しては特段の処分は行わないとした[5][14]。一方、自由民主党の外交部会は2012年(平成24年)6月8日、丹羽の更迭を要求する方針を決定した[5][14]。

2012年7月23日、日本政府は今年9月の通常国会閉会後に中国大使を交代させる方針を固めた。都の購入計画で領土問題が生じるとした丹羽中国大使について、尖閣諸島は日本固有の領土であり、領土問題は存在しないとする政府見解・政府方針と矛盾することから続投は困難だと判断したとみられる。事実上の更迭で、丹羽の後任の調整作業が進んでいる[17]。

丹羽大使襲撃事件 [編集]

2012年8月27日の午後4時(現地時間)ごろ、丹羽大使が乗った公用車が北京市内の循環道路を走行中、中国人が乗っているとみられる2台以上の車が行く手を遮り、1台の車から降りた男が公用車の前についていた日本の国旗を奪って逃走した。大使や同乗していた大使館の職員にけがはなかった。尖閣諸島国有化問題をめぐる反日デモが起きており、今回の襲撃も抗議行動の一つとみられる。

地方出張ゼロ問題 [編集]

丹羽氏は、着任以降5回の一時帰国時に、一度も地方出張をしていないことが判明した。外務省は外交青書において、「大使が一時帰国する際には積極的に地方自治体を訪問する」などと指示している。このことについて問われた玄葉光一郎外相は「残念な思いがする」と述べている[18]。
by momotaro-sakura | 2012-09-18 14:15