不愉快な現実 中国の大国化、米国の戦略転換

不愉快な現実 中国の大国化、米国の戦略転換
(講談社現代新書) 著者:孫崎享
発行年月日:2012/03/20
著者は、次のように述べる。

1 中国は、2020年までにGDPで米国を追い抜き世界一になる。その時、中国の軍事力は、日本の10倍以上になっている。日本は、中国が米国と肩を並べる大国となることを認識しなければならない。

2 米国は、冷戦時代のように日本を重要視していない。日本より米国が重要視するのは中国である。日本が米国に従属していれば自国の繁栄があると考えるなら、時代錯誤であり国益を大きく損なうことになる。

3 米国は1980年代後半から90年代の前半にかけ、日本(日本の経済力)を最大の脅威とみなしていた。そこで、米国は日本に対し工作活動を行っていった。その一つが、BIS規制による日本の銀行の追い落としである。その後、日本経済は凋落して行く。

4 米国は、台頭する中国に対し、日本を利用し対抗しようとしている。しかし、日本自身が、日米同盟で、中国と軍事的に対抗できると考えるなら大きな誤りである。東アジアの日米の軍事力と中国の軍事力を比較すれば、中国の方が圧倒的に優るからである。また、米国は自国を他国(中国)からの核攻撃の危険に晒してまで、他国(日本)を守ろうとはしない。核の傘は、実は中国に対して無効なのである。

5 日本の三つの領土問題、中国との尖閣諸島、韓国との竹島、ロシアとの千島・国後・択捉の問題は、歴史的経緯を踏まえると、必ずしも一方的に日本に属する領土と主張できない。また、領土問題は、武力衝突につながる可能性がある。それゆえ、例えば中国との尖閣諸島問題は、これまで「棚上げ」とされて来たが、実はそれが日本にとって非常に望ましい状態である。日本は領土問題では、、武力不行使と話し合いを原則とし、貿易等で緊密な関係を築いていく、国益を失わない姿勢が必要である。

6 ある国民が、自国の事に関心が強く一方で他国の事に関心が薄い時、他国と対立が起きやすい。日本人は、この傾向が強く、それゆえ、日本人は攻撃的な国民性であると言える。もっと、日本人は、他国のこと知ろうとすべきでる。それが他国と良い交渉をする為に必要である。

7 日本は、中国は米国と肩を並べる大国となることを認識しなければならない。そして、日本の繁栄の中核が東アジアにあることを知らなくてはならない。出来れば、東アジア共同体を構築すべきである。
 しかし、米国は、それを脅威とみなし阻もうとするだろう。そして、現在、日本には、政治家、官僚、大企業、マスコミに米国従属のシステムが出来上がっている。
 それゆえ、米国従属からの脱出も、東アジア共同体の実現も極めて困難だろう。だが、私たちは少しずつでも、日本の未来の為に歩を進めなくてはならない。

以上、本書のあらましを紹介した。

本書は、一人でも多くの日本人が読むべき、日本の貴重な戦略本である。



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アメリカに潰された政治家たち著/孫崎享(小学館)2012/09/24発売

-公式サイト-
戦後政治史“最大のタブー”に挑む!
ベストセラー『戦後史の正体』の著者で元外務省国際情報局長が、戦後政治史“最大のタブー”といえるアメリカの謀略を明らかにする。
 なぜ野田政権は、原発再稼働、TPP参入、オスプレイ導入といった、アメリカが喜ぶ政策に前のめりなのか。その理由は、この政権が、小沢一郎・鳩山由紀夫という「最後の対米自主派」の政治家が潰された後に誕生した、戦後最大の「対米追随」政権だからである。
 本書は、岸信介、田中角栄、小沢一郎ら自主派の政治家が、いかにして対米追随からの脱却を図り、そしてアメリカによって潰されたかを詳らかにすることで、現在に至る日本政治の「本当の問題点」を摘出する。
 そうして自主派の政治家たちがすべて姿を消したなか、現れたのが反原発の官邸前デモだった。官邸前デモは、アメリカに潰された政治家たちに代わって、民衆自身がアメリカ支配による「戦後体制」を終わらせようとする、歴史の転換点である。
編集者からのおすすめ情報新著『戦後史の正体』がベストセラーとなっている元外務省国際情報局長が、いまなお繰り返される、政治家に対するアメリカの謀略を完全暴露する緊急出版。原発再稼働からTPP、さらには尖閣・竹島問題まで、現在の日本政治が抱える問題点の「正体」がすべて分かる



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Wikipedia:ウィキペディアより
孫崎享

旧満州国鞍山生まれ。

東京大学法学部在学中に外務公務員上級職甲種試験(外交官採用試験)に合格。1966年外務省入省した。ロシア語研修(イギリス陸軍語学学校、ロンドン大学、モスクワ大学)、在ソビエト連邦大使館を経て、1985年在アメリカ大使館参事官(ハーバード大学国際問題研究所研究員)、1986年在イラク大使館公使、1989年在カナダ大使館公使を歴任。1991年から1993年まで総合研究開発機構へ出向。駐ウズベキスタン大使、国際情報局長、駐イラン大使を歴任。国際情報局長時代は各国情報機関と積極的に交流。外務省のいわゆる「情報屋」として、岡崎久彦の後輩にあたり、直接の部下だったこともある。後述のように親米派の岡崎とは対極の考えを持つが、在職中は互いの立場を尊重し、信頼関係もあったようである(『日米同盟の正体』あとがき)。

1993年、著書『日本外交 現場からの証言――握手と微笑とイエスでいいか』が山本七平賞を受賞。

2002年より防衛大学校教授。この間公共政策学科長、人文社会学群長を歴任。2009年3月退官。

2012年より筑波大学国際総合学類非常勤講師。

現在は元防衛大学校教授の肩書でメディアに登場することが多い。

by momotaro-sakura | 2012-10-12 14:54