東京特派員・湯浅博 尖閣に蘇峰のリアリズム

東京特派員・湯浅博 尖閣に蘇峰※1のリアリズム
2012.10.20 03:03産経ニュース
 米紙から「ルーピー」と皮肉られた鳩山由紀夫※2元首相が、民主党の最高顧問として戻る。それも外交担当へ復帰だというから、山本一太参院議員でなくとも「羽交い締めにしてでも止めたい」地位である。

 元首相は尖閣諸島について、日本の領土なのに「日中で議論して結論を出す」と述べて驚かせた。以前にも「日本列島は日本だけのものではない」といった人物だから、すっかり中国をその気にさせた。

 菅直人政権も似たようなものだから、中国当局が民主党政権を「脅せば屈する」と考えたとしても不思議はない。それが尖閣国有化で対日圧力を呼び込む遠因になった。

 鳩山氏は「世界市民」派の評論家や新聞から「ポストモダニズム」の考えを吹き込まれたのかもしれない。国民国家や国家主権をモダンとみなし、それが近年はグローバル化によって主権の希薄なポストモダンになったとする考え方だ。

 ところが、海洋アジアの実態は領土、領海をめぐる国家主権の壮絶な争いであり、いまは対極のリアリストが唱える伝統的な安全保障が問われている。夢のような世界政府がない以上、国家は自助努力をしなければ、中国のような「遅れてきた帝国主義」の餌食になりかねない

 自民党の中曽根康弘元首相は戦後の当選間もない青年政治家のころに、明治のリアリスト、徳富蘇峰から直接に薫陶を受けたという

 「日本が大陸に進出した際の失敗の歴史とともに、アメリカと連携することの重要性、また共産主義の限界、アメリカと中国の間に入っての日本の立場といったことを教示された」(『新潮45』所収)

 蘇峰といえば、「平民主義」の旗手から「藩閥政治」の擁護者に豹変(ひょうへん)した明治の言論人であった。蘇峰は日清戦争後に独仏露の三国干渉を見て、「涙さえ出ないほどの口惜しさ」をおぼえたという。そして日露戦争の勃発-。

 とかく変節で捉えられる蘇峰ではあるが、拓殖大学の澤田次郎教授は「リアリストの見地」から国際情勢を見ていた点では不変であったことに注目する。蘇峰はロシアの南下を抑えるために英国と提携することを考えた。自ら海外に出向いて英国抱き込み工作に奔走し、他方でロシア情報を収集する。ジャーナリストの顔をした諜報工作であった。

 ロシアが満州を侵食すれば、東アジアのパワー・バランスが崩れる。蘇峰は海洋国家の日米英が組んで大陸国家のロシアを封じ込め、東アジアの勢力均衡を保つことを考えた。蘇峰の動きもあって日英同盟が成立し、やがて日本は日露戦争に勝利する。その際、蘇峰は世界の海軍大国の英国と同盟を結ぶことで国民に依頼心が生じる懸念を抱く。

 「国民的依頼心は、実に賤しむ可きの極たり」

 そこで澤田教授はいまの日本の戦略環境の下で「もし蘇峰が生きていたら」という命題を考える。蘇峰の仮想提言は、(1)勢力均衡の観点から国際政治を見る(2)中国の海洋進出を自衛隊の抑止力で阻止(3)米国との同盟重視(4)中国包囲網を考える※3-などを挙げる(拓大『海外事情』)。

 蘇峰のリアリズムに従えばどの国も信用せず、他国を利用しながら生き残り戦略を考える。この警句は、いまの尖閣周辺に生きていよう。ポストモダニズム※4は幻想にすぎず、親中市民派の隠れみのであった。(東京特派員)



※1
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%AF%8C%E8%98%87%E5%B3%B0

※2蘇峰の交友範囲は広く、与謝野晶子、鳩山一郎、緒方竹虎、佐佐木信綱、橋本関雪、尾崎行雄、加藤高明、斎藤茂吉、土屋文明、賀川豊彦、島木赤彦らの名前を掲げることができる。また、後藤新平、勝海舟、伊藤博文、森鴎外、渋沢栄一、東条英機、山本五十六、正力松太郎、中曽根康弘とも交遊があった。そこにイデオロギーや職業の違いはなく、あらゆるジャンル、年代の多様な人びとと親しく交際した。『近世日本国民史』の執筆に際しても、当時存命であった山縣有朋、勝海舟、伊藤博文、板垣退助、大隈重信、松方正義、西園寺公望、大山巌らに直接取材し、かれらのことばを詳細に紹介している。

親交のあった人の多くは蘇峰の高い学識に敬意をあらわした。与謝野晶子は、蘇峰について2首の短歌を詠んでいる

※3インドのシン首相が11月15~18日に来日

※4ポスト・モダニズムあるいはポスト・モダンという語は「近代のあと」の時代を意味する。そしてこのことばの意味から、モダニズムつまり近代主義に対する不信、反動、超克を意味する用語として用いられている。

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by momotaro-sakura | 2012-10-20 09:41