衆院選で脅かされる日銀の独立性

2012年 12月 15日 13:33 ウオール・スートリート・ジャーナル(出典)
衆院選で脅かされる日銀の独立性
By TAKASHI NAKAMICHI, TAKASHI MOCHIZUKI AND JACOB M. SCHLESINGER

 【東京】主要国の中で最後に独立性を獲得した中央銀行の1つである日本銀行は、それから15年たつかたたないうちに、その翼をもぎ取られる最初の中銀になるかもしれない。16日に投開票が行われる衆院選で、金融政策に対する影響力を強めたい政治家の多くが議席を獲得することが予想されている。


 過去十年以上にわたって下落しつづける賃金と物価に有権者が不満を募らせていることを反映し、日銀の金融政策が今回の選挙の主要な争点の1つとなっている。総選挙で誰が勝利するにせよ、日銀の白川総裁の交代が予想されている。慎重すぎる白川総裁では、低迷する経済を活性化することなどできないとしてあらゆる方面の政治家から批判を浴びてきた。総裁の任期は来年春に終了する。

 世論調査で首相の最有力候補とみられている自民党の安倍晋三総裁(58)は、日銀に2%のインフレ目標を受け入れるよう求めている。これは日銀がめどとして公表している1%の2倍だ。デフレ下にある日本の消費者物価指数はゼロ%近辺かゼロ%を下回る水準となっている。「幸いにも来年は日銀総裁の交代時期だ」と安倍氏は述べた。

 新政権は9人で構成される日銀政策委員の過半数を、金融緩和にもっと積極的な人材に交代させることが可能だ。

 安倍氏は日銀が自身の要求に従わない場合、1998年に改正・施行された日銀法を見直すことも視野に入れていると表明している。これは中銀の独立性を良しとする現在の経済学的常識に逆行する脅威だ。再選を気にする政治家達は、将来のインフレ懸念よりも、目先の経済成長を重視する傾向があると考えられている。

しかし2008年の金融危機以降、中銀が新たな力を行使し、しっかりした景気回復を生みだすために持ち合わせた政策手段を試すなかで、各国中銀の独立性は攻撃されてきた。いら立った政治家らはこれに対し、中銀の活動を抑制する規則を書きかえるという脅しで対応してきた。

スイスのバーゼルに本部を置く国際決済銀行(BIS)は「中央銀行はその信頼性と運営の独立性への長期的リスクに気をつける必要がある」と、今年の年次報告書で指摘した。BISは中銀の活動の調整を手助けする。

14日に発表された12月の日銀短観で、大企業は10-12月期の経営状況に対し、以前より一層悲観的になっていることが示され、金融緩和への市場期待がさらに高まる公算が大きい。大企業製造業の業況判断指数(DI)はマイナス12となり、7-9月期のマイナス3から大きく落ち込んだ。同指数は経営状況が良いと回答した企業の割合から悪いと回答した企業の割合を差し引いて求められる。

米国では議員らが連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策決定を議会の監査にかけるよう求めたが、FRBのバーナンキ議長はこれに反対している。米大統領選挙の期間中、共和党側はバーナンキ議長の交代を訴えた。ジェブ・ヘンサーリング下院議員(共和、テキサス州)は今週、FRBの低金利政策のために、米政府が借り入れと歳出をあまりにも自由に行えるようになり、「財政政策の多くの罪悪」につながってきたと指摘した。

 FRBに批判的な向きは、FRBが短期金利の設定をはるかに超え、米経済の押し上げにあまりに多くのことをやり過ぎてきた、と懸念する一方、日銀を中傷する向きは日銀が行ってきた施策はあまりに少ないと主張する。

 日本経済の低迷は1990年のバブル崩壊にさかのぼる。日本は90年代以降、デフレに苦しんでおり、大恐慌以来これほど長期にわたる経済的困難に直面している国は日本だけだ。

 白川総裁は、デフレに対処するために金融政策がなし得ることには限界があると述べている。総裁はデフレは日本経済の構造的非効率性に根差す部分が大きいと主張している。

 日本の議員らは、財政政策に対する制約を一因に、日銀にもっと大胆な金融政策をとるよう圧力をかけてきた。公的債務のために、景気刺激策としての減税や財政出動に踏み込むことはほとんど不可能だ。

 先月、選挙戦が開始された際、自民党は日銀の弱腰姿勢を争点の中心に据えた。世論調査で安倍氏率いる自民党が大きくリードしていることが示され、市場は非常に良好な動きとなっている。特に円相場は対ドルで下落している。

 円高は世界市場で日本製品の価格押し上げ要因となり輸出に打撃を与えることからも、日本では円相場の動向が注視される。米国でガソリン価格や失業率が注目されるのと同様だ。日銀はほかの中銀と同様に、金融緩和策により円相場を下落させることができる。基本的に円の供給量を増やすことで相場が下がるためだ。

 白川氏は今年、4回にわたって金融緩和を実施した。しかし、同時に中銀の積極的すぎる動きの危険性も強調した。こうした発言はこれまで、市場の反応を抑える傾向があった。

 東京大学の経済学者、伊藤隆敏氏は、他の日銀政策委員は対話を持ち、市場を理解させたいと思っているが、白川氏は市場に冷水を浴びせることを好むようだと話す。

 安倍氏はある講演で、日銀は相当な額の給料を白川氏に払っていると述べた上、自分のほうが円相場を下落させる施策をもっと行ってきたと豪語した。

 白川総裁は選挙期間を通して、概して沈黙を保ってきた。総裁が安倍氏の発言に対して反応したのは記者会見で聞かれたときの1度きりだ。その際、総裁は「中央銀行の独立性は、内外の長い経済・金融の歴史の中から得られた、数々の苦い教訓を踏まえて考えられた制度である」とし、「仮に日本銀行法のような、わが国の経済・金融の基本法についての改正議論を行うのであれば、十分に時間をかけて、慎重な検討を行うことが必要だと思う」と述べた。

 白川総裁は2012年を大胆な施策で始めた。2月中旬の政策決定会合後に初めてインフレのめどを1%とすると発表し、市場を驚かせた。またこれを裏付けるため、国債買い入れ規模を20%増やした。

 日銀は当時、世界の金融システムに11兆ドル(約922兆円)を注入していたFRBをはじめとする各国中銀と足並みをそろえたかに見えた。

 その後、白川総裁は日銀の動きを抑制した。講演で総裁は、固定的なイメージの強い「目標」という表現を使わずに、「目途(めど)」と位置づけて、原則として1年ごとに見直していくことが適当と考えたと話した。また日銀の大規模な国債買い入れに言及し、「これほどの大規模な国債買い入れなので、それに伴って一段と留意しなければならない点もある」と述べた。

 白川総裁のこの発言は不快感と用心の表れとも見え、後に総裁は議員たちとの語義の議論に巻き込まれることになった。白川総裁が参考人として呼ばれた国会で、自民党議員は「当面、めどのこの物価上昇率1%が実現できなくても、それは日銀の責任ではありません、そう言っているのに等しい」とし、「マーケットは(白川総裁の)決心のなさを見抜いている」と述べた。

 不満の声にもかかわらず、白川総裁は3月、金融政策を当分、変更しないことを決めたかに見えた。3月の政策決定会合の議事録によると、政策委員の1人はさらに資産の買い入れを増やすように提案した。状況に詳しい1人の関係者によると、その時の白川総裁は感情を抑えるのに苦労し、声と表情がこわばっていたという。白川総裁はその案を退け、8対1で支持を得たという。

 春には、敵対的な議員らは日銀の政策委員会に影響力を及ぼそうと動いた。政策委員会に4月、2席空きができた際、議員らは白川総裁の擁護者だった1人を投票で支持せず、2人の批判派を送りこんだ。

 今秋にはまた別の日銀反対派が現れた。前原誠司経済財政相だ。日銀の独立性をうたった日銀法は、金融政策決定会合に内閣府・財務省からそれぞれ1人ずつオブザーバーとして出席することを認めている。従来、副大臣や政務官が出席していたが、10月の会合には前原氏自身が参加した。閣僚が自ら出席するのは過去9年で初めてのことだ。

 前原氏は、日銀に対し会合後の通常の報告に加え、デフレ対策を盛り込んだ政府との共同声明を発表するよう求めた。当局者が事前にこれを白川総裁に伝えた際、総裁はすぐには受け入れなかった。政府サイドは政策決定会合で、共同声明を提案することも視野に入れていた。これは、日銀が独立性を勝ち取って以来、政府が超えたことのない一線だった。

 白川総裁は何度か交渉した末、最終的には合意し、土壇場での対決を避けた。10月30日の会合後に公開された2ページにわたる文書では、政府と日銀が「デフレからできるだけ早期に脱却」することで合意したとある。

 日銀との交渉に関わった政府関係者は、「できるだけ早期に」という表現は、たとえ大ざっぱではあっても日銀が初めてタイムテーブルを設けたことに等しいとして勝利を宣言した。

 しかし、白川総裁以下日銀はすぐに、共同声明には拘束力はないとして、影響を抑制しようとする発言をした。また、総裁らは、政府が経済の長期的な健全さの向上を目指して規制や構造の改革に取り組むことに政府が合意したことがもっと重要だと指摘した。そしてその後数日のうちに、円が上昇し始めた。

by momotaro-sakura | 2012-12-16 11:07