MBA力を武器に、鉄道運行システム進化中 -日立製作所

金メダル社員」の強力スキル
MBA力を武器に、鉄道運行システム進化中 -日立製作所
プレジデントオンライン2013年8月15日
PRESIDENT 2012年8月13日号 掲載

入社4年目で部下が50人
「あの電車も、我々が開発したシステムで動いているんです」

JR秋葉原駅前にある、日立製作所の本社機能が置かれたビルの18階。眼下を走る電車を窓越しに眺めながら、冨田浩史氏の表情は少し誇らしげだ。

冨田氏の言う「システム」とは、JR東日本の「東京圏輸送管理システム」。通称「ATOS(アトス)(Autonomous decentralized Transport Operation control System)」と呼ばれ、輸送管理の近代化を目的に導入された、大規模で総合的な情報システム。JR東日本と日立製作所の共同開発である

冨田氏は42歳の若さで、インフラシステム社・情報制御システム事業部の交通システム本部交通システムエンジニアリングセンタの初代センタ長として、日立側の責任者を務める。

1日に何万本と走る電車は各駅、特急、急行、快速と種類も様々で、私鉄や地下鉄等との乗り入れもある。この極めて複雑なダイヤを、多いときにはわずか2分間隔で運行しなければならない。しかも、変更時に数日ATMを止める銀行等のシステムと異なり、休みなく動き続けるATOSはそれができない。そんな条件下で、10万人単位の乗客の命を預かるスケールと責務の重さは計り知れない。

実は、このシステムはまだ完成していない。首都圏を走るJR東日本管内の在来線の大半はすでに網羅しつつ、今も拡張し続けているのだ。

冨田氏は1992年に入社。大みか工場(茨城県日立市)に配属され、研修後に首都圏の在来線向けの運行管理システム開発プロジェクトに参加した。

取引先のJR東日本とは「互いに勉強しあう感じ」。同社は民営化されてから日も浅く、社員たちも皆みずからを革新する気概に満ちていたという。

「JRさんからは鉄道信号の安全や安定輸送の調整などを学び、逆に日立側がコンピュータについてJRさんに教えたりしていましたが、とにかく安全、安全、安全。安全が第一の使命だという鉄道会社の文化を、私も叩き込まれました。逆に日立側からOJTで学んだのは、情報制御システムのつくり方やチームでの仕事の仕方、そして勘と経験と度胸――いわゆるKKDですね。最初の4年間は、月に1~2日休めればいいほうでしたが、普通の人の8年分くらいは働いたと思っています」

小学生の頃からプログラミングに親しんできた冨田氏。早期からプロジェクトリーダーを任され、4年目にはすでに年上を含む50人の部下を率いていた。

96年にATOSの最初のシステムが始動。多少時間的な余裕が生じたので、プロジェクトの推進方法の勉強を始めた。

「資格が目的というより、お客様に迷惑をかけたり、自分が味わった苦労を部下に与えたくない、との反省が動機でした。システムの巨大化と同時に手がけるプロジェクトの規模がだんだん大きくなっていくのに、そのマネジメントの手法が確立していない。KKDは絶対に必要ですが、限界があります。そこで、自分の判断や行動に何か裏づけが欲しいと考えたんです」

国内外で、プロジェクト管理が学問として盛んになってきた時期とも重なった。情報処理技術に関する多くの資格を集中的に取って足元を固めると同時に、2000年にプロジェクトマネジメントの国際資格であるPMP(Project Management Professional)を取得した。

さらに02年、長期的なマネジメント手法や組織論を学ぼうと、妻と1児とともに社費で渡米。ニューヨークの大学で、工学部出身者としては珍しいMBA(経営学修士)を取得した。

04年、帰国直後にいきなり台湾へ単身赴任を命ぜられ、台湾新幹線向け運行管理システムの設計・開発の支援に回された。

「欧州の企業が受注するはずのシステムが、99年の大地震を機に急遽日本製になったので、台湾高速鉄道会社の中にはフランス人・ドイツ人がたくさんいた。その彼らがお客さんだった」

彼らは面白くないから、ヨーロッパの規格を無理やり押し付けてくる。その混乱の中で、エンドユーザーでもある台湾人のスタッフが助けとなった。

「彼らは、無事故の実績がある日本の新幹線のシステムのことをちゃんと説明したら、『それだけ実績があるなら』と納得してくれた。何とか最後は収まりました。異文化は米国で慣れたはずでしたが、ドイツとフランスの考え方の違いも含めて、非常に勉強になりましたね」

07年に帰国。ATOSセンタで、MBAで学んだことを生かした組織の刷新を図った。

「仕事にはメンバーが流動的な“プロジェクト”と固定的な“オペレーション”の2つがある。納期があるATOSは“プロジェクト”です。プロジェクトは経験者が続けて従事すべし、というセオリーがありますが、ATOSのような超長期システムがそれをすると、組織じたいが疲弊します。ATOSには、何かオペレーション的な要素を入れるべきと知った。MBAで学んでようやくわかったことです」
勉強の王道は「孫子」の言葉


権威あるIEEE(米国電気電子学会)機関誌に論文を掲載(共著)。

しかし、多忙な中でどうやってこれだけ多くを学べたのか。冨田氏は「孫子」の言葉“彼を知り、己を知れば、百戦殆(あや)うからず”こそが勉強の王道だという。何のための資格なのか、出題者がどう思い、どう答えてほしいかを知る。それが敵“彼”を知ることであり、同様に自分を知ることが大切だと説く。

「大学受験と同じで、教科書も勉強法も山のようにあります。その中で、自分に合った勉強スタイル、集中できる方法や環境を見つけないと。時間の有効活用のためにも絶対必要です」

例えば、冨田氏は睡眠時間を必ず90分の倍数にセット。3時間睡眠でもOK。過去に自分で何度も試した末の結論である。
「私にとって、電車の中が1番貴重な勉強時間。日立~東京間の出張が週に2~3回ありました。片道1時間半はかかりますから、往復するだけでもかなり時間を稼ぐことができました。米国に留学するときは相当な英語力が必要でしたが、英単語は電車の中ですべて覚えました」

冨田氏の持つ資格の中でも特筆すべきが、11年4月に取得した「プレミアムプロジェクトマネージャ」だ。ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナと続く社内PM認定制度の最高位。氏はその第1号認定者である。

経済産業省が定めたIT人材のスキル体系であるITSS(IT Skill Standard/ITスキル標準)でも最高位の“レベル7”相当。社内でも「世界で通用するプレーヤー」とされ、「年間売り上げ10億円以上、システムデザインが複雑なプロジェクトの責任者」といった実績を問う厳しい審査基準がある。

「マネジメントに対する評価なので、テスト勉強で取得できるのはシルバー、ゴールドまで。“プレミアム”は、これまでどんな難しい仕事を成し遂げ、どんな考察を行ってきたかを幹部との面接で確かめられます」

理論と経験の双方を高い水準で求められるこの資格は、冨田氏のキャリアそのもののようだ。

「目的は資格を取るためでも、勉強することで、実際の問題に対処できるフォーマットが自分の中にできたと思います。おかげで、尊敬する某部長に『判断が速いね』と褒められました。物事を定型化されたフレームに当てはめて考えるようにすると、誤った判断が減り、迷いがなくなる。組織の上のほうの判断ほど、そんなフレームなどないと思われがちですが、そうではない。時代背景や環境で違ってきますが、フレームは絶対ある。MBAでそれを学びました。愚直に勉強したおかげで、5年後、10年後に『あれは誤っていた』と見なされる判断はしなくなったと考えています」

12年4月からは、海外の鉄道の新分野を担当。英国・インドなどを飛び回っている。

「あのときはこうだったな、などと過去の経験や勉強を思い出す機会が増えました。MBAで学んだビジネス戦略や、台湾新幹線でいろんな人たちとやってきた経験が、ここにきて一気に生きてきたと思います。人生って、繋がってるもんですね」

●冨田氏の学びスキル3カ条

(1)睡眠時間は90分の倍数にセットする

(2)出張時の移動時間でひたすら勉強

(3)「経験、勘、度胸」&理論フレームの二刀流で

日立製作所 情報制御システム事業部 冨田浩史
1970年、山口県生まれ。92年、大阪大学工学部電気工学科卒業、同年入社。業務の傍ら、システムアナリスト、アプリケーションエンジニアといった資格を多数取得。


JR東日本の東京圏輸送管理システム

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by momotaro-sakura | 2013-08-30 09:41 | ブログ