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2010年05月31日

日立、体質改善を要する「課題事業」は、新市場の追求進める方針

日立製作所 <6501、株価 - チャート - 企業概要> が31日前場取引時間中に発表した3カ年の新中期経営計画(11年3月期-13年3月期)は、原子力発電・鉄道・データセンター・環境対応型建設機械など、同社の言う「社会イノベーション事業」へのシフトを鮮明にした内容になった。数値目標は、13年3月期の売上高10兆5000億円(10年3月期比17.1%増)、営業利益5250億円(同2.6倍)超、株主資本比率20%(10年3月期は14.4%)を想定。海外売上高比率50%超(同41%)。国内人員数は21万7000人(同23万1000人)と減る半面、海外人員数は16万1000人と10年3月期の12万9000人から大幅増員となる。

事業別に新中計の重点目標をみると、「情報・通信」はクラウド・コンピューティング(データセンターの構築)、「電力」は世界的な原発新設ラッシュへの対応、「社会・産業」は新興国中心に世界的な整備が進む鉄道、「建設・機械」は新興国需要への対応とハイブリッド型建機などの開発、「高機能材料」は電池・インバーターなど環境製品向け材料の開発にそれぞれ重点を置く計画。このため、3カ年の設備投資予定額1兆4000億円のうち1兆円、研究開発費予定額1.2兆円のうち6000億円をこうした「社会イノベーション事業」に振り向ける。

体質改善を要する「課題事業」については、薄型テレビ事業はOEM・生産委託の活用、自動車機器関連事業はハイブリッド・電気自動車とエンジン高効率化への対応、ハードディスクドライブ(HDD)事業は外付けHDDやSSD(フラッシュメモリーを記憶媒体に用いる記憶装置)など新市場の追求を進める。

31日終値は2円高の372円。

by momotaro-sakura | 2010-05-31 19:21

アイリス

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by momotaro-sakura | 2010-05-31 19:12 | 我が家のガーデニング/近郊周辺
日立、調達費2000億円圧縮、今年度、素材見直しや集中購買。(2010/5/28)
 日立製作所は鉄鋼や非鉄金属など原料価格の高騰に備えた調達改革に乗り出す。現在採用している全素材の4分の1を今後3年間で他の素材などに切り替える。海外調達比率を5割に引き上げるほか、日立グループ900社による集中購買も増やして価格交渉力を強化。2010年度は総額で2千億円の原材料費圧縮を目指す。原料・素材メーカーとも連携し、素材価格上昇に抵抗力をつける。同様の動きが製造業の間で広がりそうだ。

 日立グループ全体の鉄鋼、非鉄・希少金属、合成樹脂などの素材調達額は約7千億円。このうち25%を3年後をめどに全く異なる素材や、同じ素材でも価格が低い仕様に切り替える方向で素材メーカーと調整を始めた。

 取引価格引き上げの受け入れが避けられない情勢となっている鉄鋼では、洗濯機の構造部品などの素材を鉄・・・ (新聞本文はまだ続きます)


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[日本経済新聞 朝刊]
[提供:日経テレコン21]
by momotaro-sakura | 2010-05-31 19:05
日立、白物・照明会社を統合、開発・製造拠点を再編。(2010/5/28)
 日立製作所の白物家電子会社、日立アプライアンス(AP)は27日、照明事業の日立ライティングを10月にも吸収合併すると発表した。統合に伴い、日立ライティングの国内開発・製造拠点をそれぞれ1カ所廃止し、日立APに移管する。エアコンや冷蔵庫などの白物家電から照明器具まで製品群をそろえ、家庭や商業施設などに向け、環境関連事業を強化する。

 日立ライティングの開発拠点、竜ケ崎事業所(茨城県龍ケ崎市)を廃止し、日立APの多賀事業所(茨城県日立市)に機能を移管。照明器具の製造拠点である日立竜ケ崎工場(茨城県龍ケ崎市)も廃止し、日立多賀テクノロジー(茨城県日立市)に移管する。照明と白物家電を連携させた商品企画を進める。生産設備共用による生産効率の改善、調達機能統合による材料コスト削減も目指す。


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[日本経済新聞 朝刊]
by momotaro-sakura | 2010-05-31 19:04
変わる最先端研究(上)個人の才能解き放つ――1000億円助成、国の将来かける。(2010/5/25)
 日本の産学官が研究開発体制の抜本的な見直しに乗り出した。きっかけは国が今春始めた「最先端研究開発支援プログラム」。企業などの研究者が我こそはと名乗りを上げ、国が1人平均30億円の研究費を全面的に任せる。一個人の才能や手腕に国の将来をかける試みだ。閉塞(へいそく)感が漂う日本に新風を吹き込もうと動き出した最先端研究の現場を追う。

 「国家プロジェクトに参加するのは初めて」。ノーベル賞受賞者の彼には、世界最高級の栄誉に安住する気持ちはみじんも感じられない。あふれる熱意に国も4年間に34億円の研究費拠出で応えた。拠出先は島津製作所フェローの田中耕一だ。

 ノーベル賞

頭脳奮い立つ

 2002年、質量分析装置の開発でノーベル化学賞を受賞。企業の研究者では国内初の快挙だったが、装置の普及では・・・ (新聞本文はまだ続きます)

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[日経産業新聞]
[提供:日経テレコン21]

by momotaro-sakura | 2010-05-28 16:15
国際会計基準対応システム、金融機関向け販促強化、日立コンサル、効果体験も。(2010/5/25)
 日立製作所子会社の日立コンサルティング(東京・港、芦辺洋司社長)は、金融機関向けに国際会計基準(IFRS)対応のシステム導入支援サービスを強化する。金融商品を時価評価するソフトが体験できる専用施設を社内に設けたほか、担当者も現在の約7倍の50人規模に増やす。今後、国内金融機関によるIFRS採用が本格化するとみて体制を拡充する。

 日立コンサルは昨夏、IFRSに対応した金融商品の時価評価ソフトで世界有数の実績があるルクセンブルクのフェルンバッハ社と提携。金融機関向けに、同ソフトを用いたシステム構築や、コンサルティングなどを手がけている。

 フェルンバッハ社の時価評価ソフトは、約300種類の金融商品に対応している点などが特長。日立コンサルは今回、同ソフトの機能や使い勝手を体験できる「コンピ・・・ (新聞本文はまだ続きます)


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[日経産業新聞]
[提供:日経テレコン21
by momotaro-sakura | 2010-05-28 16:14
変わる最先端研究(上)若手や異分野融合――研究者がメンバー選定。(2010/5/25)
1面から続く

自社の成果と切り分け工夫

 外村は昨年、一度は研究開発の第一線から退く覚悟を決めた。巨額の研究資金にめどが立たず、国から支援を受ける見通しも無かったからだ。一方、米国ではエネルギー省が2001年から次世代電子顕微鏡の国家プロジェクト「TEAM」に二十数億円を拠出していた。

 日本のお家芸だった計測機器産業が衰退の危機にひんしている状況をただ見ているだけか。そんな矢先に国からの50億円が決まった。外村の闘志に再び火が付いた。

 「世界中で外村フェロー以外に開発できない」(日立研究開発本部長付の長我部信行)。今回の挑戦は「おそらく最初で最後のチャンス。14年の完成後は日本のフラッグシップ顕微鏡として国内外の研究者に利用してもらいたい」と外村。世界一の電子顕微鏡で日本がナノテ・・・ (新聞本文はまだ続きます)

(記事は本文の一部を掲載しています。)
[日経産業新聞]
[提供:日経テレコン21]
by momotaro-sakura | 2010-05-28 16:13
第62回岩本町・東神田ファミリーバザール
由緒ある問屋街が総力を挙げてお送りする大イベント!
紳士・婦人・子供服、日用雑貨など数万点をメーカー卸売価格以下にて大放出!
日 時 2010年5月28日(金)~30日(日)、6月4日(金)~6日(日) 10:00~18:00
場 所 会場詳細はこちら
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【交通】
(1)都営地下鉄新宿線「岩本町」駅下車(A4番出口)
(2)JR総武線「秋葉原」駅下車(昭和通り出口)
(3)東京メトロ日比谷線「秋葉原」駅下車(4番出口)
(4)つくばエクスプレス「秋葉原」駅下車(A1出口)
出店舗数 179店舗
イベント イベント詳細はこちら↓
http://www.family-bazar.com/bazar/event/event.html
後 援 千代田区、まちみらい千代田 ほか
問合せ 岩本町・東神田ファミリーバザール実行委員会
TEL.03-3865-5951
Eメール info●family-bazar.com(●を@に変えてお送りください)
参照先 http://www.family-bazar.com/index.html



「岩本町・東神田ファミリーバザール」の開催地である岩本町(東京都千代田区)およびその周辺の歴史や史跡・名所などをご紹介します。 温故知新「故(ふる)きを温(たず)ねて、新しきを知る」、岩本町の新たな一面を見つけてみませんか。



神田柳原川岸通りの図(部分)


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 私達の住む岩本町が、江戸の初期、どう言う名称で呼ばれていたかは、定かでありません。 この地域は、古くは雁淵(がんぶち)とか、笹原(ささはら)と言われる沼地が一面に広がっていました。 沼地がいつ頃、埋めたてられたのか分りませんが、亨保年間(1716年~1735年)以前の一時期、 不老山無量寺寿松院と言うお寺があり、間もなく元鳥越(もととりごえ)に移転し、その跡地が、松平太郎八の武家地になったと、しるされています。 今の行政区画とは、もちろん異なりますが、岩本町ができたのは、亨保年間(1716年~1735年)の事です。

 北の玄関口「和泉橋」は天和(てんな)3年(1683年)の古い地図にも記載があります。藤堂和泉守高虎の創架と言われ、当時は「和泉殿橋」と呼ばれていました。近くに松平伊豆守の屋敷もあり幕臣の家々が、今の町会単位の大きさで並んでいました。 その脇を流れる神田川は、火災や洪水の防止と物流の大動脈として万治4年(1661年)に堀割され、 堀った土は盛りあげられ、土手を築き、柳の木を棺え、柳原土手と言われる基礎ができました。しかし、その土手も明治6年に取りこわされました。

  明治14年頃には、神田川にそった道の両側に、「吊しんぼう」と呼ばれる古着屋が100軒程も並び、常設の古着市場が開かれました。 明治30年代には400軒あまりにもなり、裸電球が軒を照らし、店員の手ばたき、掛け声も高く、昭和10年頃迄つづき、東京の名所として全国にその名を、とどろかせました。 又、川に添った場所には、レンガ造りの米倉も建ち並び、米俵をかつぎ、 細い板を軽ろやかに渡る荷揚人足の姿もみられました。ギンヤンマが川面をかすめ、魚釣りや水泳ができた川でした。昭和2年頃までは市電も走り、通りには「松竹館」と言う活動写真館もあり、皆は「土手活(どてかつ)」と呼んでいました。

 大正12年の関東大震災では、東京全体で57万戸が焼失。死者、行方不明14万人を出し、神田川にも火災をのがれ水に入ったが、川面を火がなめて多くの死者を出したと聞いております。 昭和のはじめ、大規模な区画整理があり、かつて、二六横丁と呼ばれ、にぎわっていた通りも昭和通りとなり、又、東西には靖国通りができ、柳原土手の市電が移りました。現在の町会の区分も、この頃できました。

 現在の岩本町6番の所には柳原橋があり、浜町川が流れ、日本橋方面に向う荷物を山積みした舟で混雑していました。 今は暗渠(あんきょ)となり、大和橋の下は駐車場となって、昔の面影をしのぶ事はできません。 その頃(昭和初期)、今の6番、7番、8番、9番の所は、お菓子の製造店とか、玩具の問屋が多くあり、 アメの匂いがたちこめていました。当時の行政指導でしょうか、店々はその後、錦糸町や合羽橋に移転しました。 10番、現在の山崎製パン(株)本社の所には、古着市場があり、当初は木造の床店と露店で営業をしておりましたが、昭和の初め4階建ての近代ビルができ、地階は飲食店、4階には「和泉橋ダンスホール」があり当時の社交場として、にぎわっておりました。昭和10年頃の古着市場の様子は、朝6時より正午迄が営業時間で今の築地市場の混雑ぶりでした。一軒が畳2帖の床店で赤毛せんを敷き、着物・洋服の古着を並べて、呼び声高く、ソロバン片手に真剣勝負。 売れ残ったら、大風呂敷に包んで、大八車に積んで毎日、持ち帰るシステムです。午後は子供達の遊び場です。 間仕切りのパイプで鉄棒遊び、鬼ゴッコ、かくれんぼ等で遊ばれた経験をお持ちの町会員も多いと思います。

 昭和20年。東京地区は大空襲に見舞れ、区内でもいたる所が爆弾攻撃を受け、多数の死者、家屋の焼失をまねき、人口・戸数とも急減しました。当町会も焼け野原となり、総武線から浅草橋の方まで見通す事ができました。 今では信じがたい事です。昭和の4階建近代ビルも焼失しました。戦後、占領軍の一声、防衛庁の前身、特別調達庁が入り、その後、全国中等学校教料書出版(株)になり、現在の山崎製パン(株)本社ビルができあがりました。

 焼け野原となった岩本町にも、バラックが建ちはじめ、紳士服や婦人服を中心とする繊維メーカーが主体となり、 町を復興していきました。町内会「企業対抗野球大会」も盛大に行なわれ、昭和通りの真中で、お祭や盆踊り大会も行なわれる様になり、とてもにぎやかでした。昭和44年、昭和通りの上に首都高速1号線ができ、地下鉄も開通し町の様子は一変しました。地下鉄「日比谷線」「新宿線」の開通でビルが建ち並び、ご存知の通り多種多様の企業が営業しております。以上、駆け足で町の歩みをみてきました。 町の移りかわりが、いくらかでも分って戴ければ幸です。多くの人達がつどう場所ですので皆様で町を大切に守っていきましょう。 今後とも町会に対する御理解、御協力を、よろしく御願いします。


江戸時代、武家や商家が建ち並び栄えた岩本町界隈。古い歴史を持つ岩本町と、その周辺には史跡や名所が点在しています。主な所をご紹介します。

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岩本町馬の水のみ広場

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 この場所は、江戸時代より房総や東北方面からの物資輸送(米・野菜・魚介類・材木等)のために荷車を引く牛馬の水飲み場として、また、街道を往来する人々の休息の場として、重要な役割を果たしてきました。

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千代田区役所


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和泉橋

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 この橋を和泉橋といいます。『御府内備考』には藤堂和泉守屋敷前の通りに架かるゆえに呼名としたとあります。橋を渡った右側が和泉守の屋敷跡で、神田和泉町の町名が残っています。
 神田川の南岸沿いには、柳を植えた土手が築かれていたので、この辺を柳原といい、橋の北側一帯を向柳原といいましたが、明治初年ごろに、柳は枯れたり取除かれ、また関東大震災後の区画整備で、土手も平になりました。橋はたびたびの火災で焼けましたが、明治25年(1892)に鉄橋となり、欄干の唐草模様の中に、神田和泉の文字が崩し模様になっていました。
 大正5年(1916)に鋼橋に架け替え、さらに昭和2年(1927)帝都復興事業の一環で拡張されました。長さ35.8メートル。幅44メートル。鋼橋。

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平成元年3月 千代田区教育委員会





「ファミリーバザール」の歴史
 「ファミリーバザール」の由来は、岩本町で働く社員やその家族、知り合いの人々を対象とした、狭い範囲の文字通り“家族向けの売り出し”でした。
 当初は小規模なバザールでしたが、瞬く間に「いい商品が安く買える」というウワサが広がり、回を重ねるたびにその規模は拡大し、平成21年には30年の節目を迎えます。

 岩本町としての歴史は、おおむね江戸時代までさかのぼりますが、それ以前の歴史は諸説あり、定かではありません。徳川家康が江戸に居を定めた後、二代将軍秀忠の時代に外濠の改修が行われました。その事業の一環として今日の神田川が人工的に誕生しました。
 川筋にあたる土を堤防のように両岸に積み上げ、その土手に柳の木を植えたことで一名、柳原土手通りと呼ばれました。その土手に沿って古着屋が店を出し、多くの賑わいをみせたそうです。“繊維の街”として知られる今日の岩本町問屋街の原型がこの頃に出来上がりました。

 明治・大正を経て、売る商品も着物から洋服へと変わり、特に第二次大戦後は洋服の大生産地に発展し、その洋服は全国の百貨店や専門店のウインドーを華々しく飾りました。神田川脇の和泉橋公園内には、その頃の事情を記した千代田区教育委員会の由来碑が建っています。

 やがて、大量生産のもと一部流行遅れの品物や規格外れの商品が数多く出回るようになったため、それらを格安の値段で提供したのがファミリーバザールの始まりです。それが除々に評判となり、今日では繊維業全盛の頃の面影を町の中で見ることはできませんが、年2回開催される「ファミリーバザール」は、その頃の賑わいを彷佛とさせてくれます。

 岩本町に隣接する須田町、和泉町、秋葉原には、昔ながらのおいしい食べ物屋さんも数多くありますが、近頃ではつくばエクスプレスの開通で秋葉原が大変身、電気街“アキバ”として新しい若者文化の発信基地となり大人気です。
 「ファミリーバザール」へお越しになったら、ぜひ須田町やアキバに行ってみてはいかがですか。

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ファミリーバザールで掘り出し物探し
 このファミリーバザールもお陰様で30年近くも続いていますが、ほかで開催されている類似イベントは縮小、または中止に追い込まれている中、当バザールは皆様のご支援のお陰で年々規模も大きくなり、ますます盛大になっています。
 
 先般、ご来場いただいたお客様方に、このファミリーバザールに対してのご意見・ご要望等をアンケートにてお答え頂きましたところ、
◎ファミリーバザールが大好き、楽しみにしている。
◎年2回のバザールをずっと続けてほしい。
◎良い品を格安で提供していて感謝している。
◎バザールの開催回数を年3~4回に増やしてほしい。
等々…
 
 ただ一部厳しいご意見として、もっと目新しい商品がほしい、バザールがマンネリ化しているのではないか等のご意見もありましたが、多くのお客様より大変うれしいご意見をお聞かせいただき、感激しています。
 このご期待に少しでも添えるように、粗悪品、偽ブランド品等は絶対に展示販売しないこと、毎回バザール開催前に各出店商社一社ごとに実行委員会が面接、商品チェック等をして指導に当たっております。
 バザール開催期間中、お客様がお買い上げいただいた商品に対しては、ファミリーバザール実行委員会が責任をもって対応いたしますので、安心してお買い物をしていただければと思います。

 開催ごとに発行するファミリーバザールのチラシの裏面に“お買い得品情報”と記載されている商品、また開催中、各出店商社の店頭で“特別提供品”という黄色い貼り紙にうたっている商品は、ほかでは絶対にその値段では買えない特別低価格での提供品です。
 開催中、もしその商品が早々に売れてしまった場合、また別の特別提供品を出品するようになっています。これがファミリーバザールの掘り出し物探しの醍醐味です。心より皆様のご来場をお待ち申し上げております。

by momotaro-sakura | 2010-05-28 13:26

桃太郎トマト園

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by momotaro-sakura | 2010-05-27 14:35 | 我が家の菜園

堀切菖蒲園

堀切菖蒲園
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住所 東京都葛飾区堀切2-19-1
電話 03-3694-2474(公園管理所)
静観亭03-3693-6636
アクセス 京成線堀切菖蒲園駅より徒歩約15分
開園時間 9:00~17:00(但し、入園は16:30まで)
※6月の菖蒲まつり期間は、8:00~18:00(但し、入園は17:30まで)
休み 年末年始
静観亭:月曜日・年末年始
料金 無料




2010年5月25日(火)NHKお昼の番組「生中継!ふるさと一番」で、
堀切菖蒲園が生中継されました。
5月25日【12:20~12:43】の20数分間。

江戸時代より歴史のある堀切の花菖蒲。
江戸系・肥後系花菖蒲の紹介、
満開になった時期の堀切菖蒲園、
堀切の菖蒲を愛する住民のみなさん
など紹介されました。

有名女優で登山家の「市毛良枝」さんがゲスト出演。
和装で花菖蒲と、初夏の季節を涼やかにする共演でした。

進行は、澗隨操司(かんずい そうじ)アナウンサー。男前でした。



堀切からの登場は、
・日々菖蒲を手入れされる、堀切菖蒲園の葛飾区公園課職員代表して「鈴木篤さん」

・地元堀切で菖蒲育ての親として有名な「滝瀬健太郎さん」・ 花菖蒲を育てる会の「黒川幹雄さん」を始めとする皆さん
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5月25日現在




市毛良枝
女優
文学座附属演劇研究所を経て、昭和47年俳優小劇場研究所を卒業。46年「冬の華」でテレビ初出演。昼帯のドラマ「小さくとも命の花は」で姑役の初井言栄とのコンビで演じた若妻役が好評で、52年「私は泣かない」以後の「私は…」シリーズへと発展、“理想の花嫁ナンバーワン”といわれる。舞台では54年「ドラキュラ」の代役に起用され、見事に演じ切って脚光を浴びた。以後、テレビ、舞台と活躍。他の出演に映画「一杯のかけそば」、テレビ「オレゴン日記」「中居くん温泉、いらっしゃい!」「命燃えて」「小市民ケーン」「いばらの償い」「白い影」「元カレ」「ヤンキー母校に帰る」「桜咲くまで」など。CM出演も多数。環境問題にも関心を持ち、平成11年環境庁の環境カウンセラーに登録された。同年5月登山家・田部井淳子率いる環境調査隊に参加。著書に「山なんて嫌いだった」がある。

by momotaro-sakura | 2010-05-27 14:24 | ぶらり東京散歩(近郊)