<   2007年 03月 ( 60 )   > この月の画像一覧

筑西市の今後の行方を安堵する
筑西市民が非常に多い。
それは俄かにA県議の筑西市長への
鞍替えが噂され始まったからである。
これまでの市財政を圧迫させた
張本人のグループが
又もや浮上し始めたようである。
筑西市の基盤である旧下館市の
財政は既に合併前に破綻していたが、
一昨年の合併によって下館市より
まだ内容の良い明野町、関城町、
協和町の三町との合併で
息を吹き返したかに見える。

茂田の運動公園からの延長道路のプロジェクトが
筑西市の起死回生策のカンフル剤として
300億円余も投下されることになったが
その反面、窮迫した市の財政から
58億円余もの大金が使われることになり
市民は不安を隠せないでいる。

筑西市内に此れ程の予算を
持ってこられた事は立派だが、
今回の破綻劇の主演者であるHグループのドンの
元市長を始めとし、現市長、現県議副議長のトリオが
今後も継続する気配だが、市民の皆さんは
身もよだつような思いをしているようである。

旧態然とした市長が継続される事は
利権も一緒について廻る事となるので、
市民にとっては甚だ喜ばしき事ではない。
利権の集中は腐敗を招くのである。

過去にはこのトリオに散々食い物にされた
旧下館市であったが、あらたな筑西市と
大きくバブッた市となってからもまた
食べ尽くしそうな気配が
市内一体に漂っているのである。

筑西市民はこのようないかがわしい雰囲気を、
悪い予感として受けとめているようです。
新生筑西市となるにはやはり新たなる市長が
誕生しなければ、この筑西市は蘇ってこないのである。

心機一転してこそ筑西市の未来は明るくなってくる。
今のようなマンネリズムなやり方では
到底市財政が回復するとは思わない。
頭を全部すげかえてこそ
再生があるのみである。
今の儘のトリオの続行では、
利権のしがらみから脱出できない。
また筑西市の将来に
新たなる破綻が待っているだけであろう。
筑西市民の皆さん良く考えて下さい。

by momotaro-sakura | 2007-03-31 07:58

カラオケブログの効果

昨夜のカラオケブログは血糖値を下げるには
何よりの効果があったようだ。
なんと血糖値が87になっていた。
カラオケが糖尿病に効果があることは
前から聞いてはいたが此処まで効果が
あるとは初めての事である。
毎日の日課とすることにした。

by momotaro-sakura | 2007-03-30 23:14

カラオケブログの効果

昨夜のカラオケブログは血糖値を下げるには
何よりの効果があったようだ。
なんと血糖値が85になっていた。
カラオケが糖尿病に効果があることは
前から聞いてはいたが
,ここまで効果があるとは
初めての事である。
毎日の日課とすることにした。

by momotaro-sakura | 2007-03-30 10:57

カラオケブログ

e0009760_8502859.jpg

夕食を6時半頃済ませてから自分のブログの
アクセス数を調べていて、
急に歌を歌いたくなってきたので、
ブログからカラのオーケストラを捜し出し、
そのカラオケで歌を唄った。

まず最初にオオソレミーオを歌い、次にはロシア民謡の
カチューシャを歌った。
すると体が軽くなった気がしたので、次から次へと
歌いだしたら夜の9時になってしまった。
あっという間に2時間以上も歌いまくったら
身も心も軽くなった。
そのあと、妻も参加したので
通算3時間30分歌ったことになる。
これだけ一気に歌った事は
いまだかつて学生時代以外には無い。

私の学生時代は音楽クラブに所属していたので
毎日コール・ユー・ブンゲンで
ア、ア、ア、ア、ア、ア、アの
声の上げ下げの発声練習をした。
また私の学生時代は
藤原義江の歌劇団が全盛期だったので
私には大変な影響がありました。
文化祭では殆どの人はコーラスだけでしたが、
私ともう一人の人がソロで
発表しなくてはならなかったので、
ビアノ伴奏で毎日特訓した記憶があります。

特に発表曲がロシア民謡のカチューシャなので
源語のロシア語で覚えるのが厄介でした
。レコード盤を買ってきて、それを聞きながら
何百回となく歌いまくって
ロシア語独特のコロガシを覚えた。

この転がしを覚えあがる頃には
喉元から血が出てきた記憶があった。
声は皺がれて潰れ別人のような人
の声に変わってしまったのです。
何分初めてのことなので心配は
したが誰でも経験することらしい。
韓国の演歌歌手チョウ・ヨンピルは
ワザワザ1度ならず2度も声を潰したそうである。
味のある声を出すにはこの方法のみのようである。

最初のステージは誰でもあがるものだ。
私などはステージに上がって、
お客の目と目があったら急に
顔が赤面し上がってしまい、
歌を全部忘れてしまった。

観客席を暗くする手はずが、
担当者がライトを消し忘れたミスが、
為した不祥事であった。
早速用意しておいた歌詞カードを
見て歌おうともったら、
ピアノを弾く女の子も上がって
リズムが全く合わないので、
伴奏なしのソロで歌うことにした。
その当時はマイクなしの時代だから
大講堂の隅々まで届く声でないと
歌う資格が無かったので、
二人のみしか歌い無かったのです。

歌詞カードを見て歌ったら
カンニングと野次を飛ばされたが、
最後まで歌ったので
拍手喝采が送られホッとした。
伴奏なしのソロは歌い手が
かなり上手でないと
ステージ映えが全くしなく、
御粗末な結果となるものである。

上がるという事は今までの努力を無にするので、
これを期に上がらぬ為の度胸をつけるために、
社会人となってからは
友達や知人の結婚式の司会や
あちこちのカラオケの司会やらに
顔を出して場慣れを
経験して自分自身に自信をつけさせた。

しかし、上がる性質は自意識過剰の
性格から来ることが多いので、
場面によってはまだ上がる性質は
治っていないようである。

書くことが上手い人は必ずしも話す事が
上手いとは限らぬものである。
書くことは見なおすことが出来るが、
話す事は見直しが出来ないのが
泣き所である。

頭のいい人より悪い人の方が意外と
お喋りが上手いようである。
頭のいい人はミスの無いようにお話するが、
頭が悪い人はミスをあまり意識しないで
ごまかしながら話しているので、
意外に話が上手に聞こえるのである。

虚実皮膜の間に芸の境地を見えだした
近松問左衛門がいるが、
話し方にも嘘を取り入れると
真実味が増してくるのである。
だから政治家の弁舌は
この種のものが多いのである。

あまりにも真面目な方は
不良な方よりも厄介者である。
不良さと真面目さを備わった方が
意外に世の中に通用するのである。

人生を一つの生きるための芸と思えば
虚と実は常に交錯する関係にあることになる。
デタラメ人間の方が案外出世しているのが
その証しであろう。

カラオケブログがこのような境地まで発展したが、
インターネットでカラオケが出来ることを知った私は
今後このカラオケブログに填まりそうである。
お金はかからないし、デジタルテレビの大画面に
繋げられるので迫力を増すことも出来る。
皆さんも是非利用して歌ってください。

by momotaro-sakura | 2007-03-30 07:45

桜川市に住みたい人

昨日、午前10時1分に携帯電話が鳴った。
「今から、こちらを出ます!」と
お隣の笠間市の若い女性からの電話でした。

28日はお不動様の日でしたので、
9時頃から事務所の掃除をしていました。
さすがに彼岸も過ぎると外気の温度も高くなり
汗ばむ程になってきました。

窓を開けると自然に外の空気が流れ込んで、
蒸してきた部屋の空気と入れ換わりました。
先程から電気ポットでお湯を沸かしていたが、
沸騰したので急須にお茶を入れ
お客の為の茶の用意をした。

e0009760_9205770.jpg

まもなく東方より二人が乗った
小型ジープが走ってきました。
前回は別々の車で来たが、
今日は一台に一緒に乗ってきたのでした。
男性の方はつくば市在住と言っていたので
恐らく笠間まで迎えに行ったことになります。
大変やさしい男性の方です。
二人の在住の中間点が、
ここ桜川市の大和地区
辺りに位置するようです。

最近は一人っ子同士の結婚に
よくある話しである。
親を共に持つ子の終局的考えが、
このような現象を引き
起こす事が多いのである。

私の自宅の裏と前に分譲した土地も
そのようなカップルが家を建てました。
お子さまも二~三人になり、
多忙の毎日のようである。

似たようなカップルがこの地を
求めてくるのは三人目なのである。
今回は陶芸を愛するもの同士の
出会いがこの地を求めた
結果となったようです。

この不景気時期に、このようなセブレ的発想を
持った若者がいるとは希少価値である。
話を聞いてるだけで、何故か?メルヘンの世界に
到達してしまうのである。

現実の世界からかけ離れた夢の世界程、
現実が厳しくなるのを知らないようである。
彷彿とする夢の世界を描けること自身
素晴らしい環境に生まれ育てられている事を
知る必要があるだろう。

このような恵まれた環境から逸脱して、
この桜川市に広い空き地のある
昔造りの空き家を探しているようである。

二人のお話を聞いてると、
二人が住む安楽の地を強く
求めているのは女性の方である。
その夢を叶えてあげるのが
男性の優しさであろう。

人里はなれた地を求めるには、
現つからの逃避行の様にも見える。
この女性から他愛のない童心を
感じとることが出来た。

どうも私は、不思議な国のアリスを
見ているようなメルヘンの
世界の扉を開けてしまったようです。

千勝神社の桜は満開に咲き、
春爛漫の候となってきた。
遠くではウグイスの鳴く声が聞こえ、
雨引山のお寺のお昼の鐘を打つ音も
聞こえてきた。

二人はこの地を散策すると
言っていたので、ここで別れた。

by momotaro-sakura | 2007-03-29 08:12

千勝神社の桜

e0009760_190549.jpg

by momotaro-sakura | 2007-03-28 19:00

先週の土曜日に約1000平方メートルの土地の売買を
依頼されていたので 、早速知人に場所を話しておいた。
だが、二日経っても返答がなかった。
ところが今朝になって知人から
電話があり購入するとの話となった。
早速 、売買を委任されている
仲介業者の事務所に知人と共に出向いた。
1000分の1の公図を見せて貰ったら、
丁度500平方メートルづつ分筆されてあったので、
家を建てる予定地だな、と思った。
また、一瞬この土地は分筆費用にお金が
かかっていて、将来性のある物件であるとも思った。

南に筑波山を仰ぎ、東に加波山が聳え立っている。
風光明媚な山谷がのどかな故郷を演じている。
平安時代の初頭から100年を過ぎた
西暦900年辺りから源ノ護の荘園であった土地柄である。

この地の歴史を振り返ると、源ノ護は平ノ将門が
起こしたクーデター・天慶の乱にも登場した人物であり、
将門の叔父方とは護の娘を嫁がせていた?
ので縁戚関係にあった。

叔父に掠め取られた土地奪還の為に、
明野地区東石田の館に住んでいる叔父を殺し、
館を焼きはらったのち縁戚関係にある源ノ護にも
多大な被害を及ぼしたと聞かされていた。

生き残った倅の貞盛が京都の御所まで
命からがら逃げて、将門の悪業を
とうとうと朝廷に訴えることによって、
将門は朝敵とされたのでした。

別名田原ノ藤太こと藤原ノ秀郷が
将門の討伐総大将となっ
朝廷より勅命された。
将門が天慶の年に乱を
起こしたので「天慶の乱」となった。
西の大国玉神社も将門ゆかりの神社であった。
私の住んでいる所の高久神社は
地域を鎮めるために平ノ貞盛が建立した。
後に高久地区は藤原一族が多く住む様になった。
増渕氏は小山氏の流れをくむ藤原氏です。

(このブログは下書きがない携帯ブログから送っています。
私の記憶の底にあるがままに書いてるので、
多少の記憶違いがあると思う。)

大国玉神社よりやや古く
1100年以上の歴史のある
e0009760_199479.jpg

千勝神社の南近くに
この土地は位置し、
前斜面となっているので
水捌けが良く、
将来、前に憚るものはない。
使用目的は多面的に
利用できる土地である。

by momotaro-sakura | 2007-03-28 13:46 | ブログ

「孫子の兵法」から学ぶ

NHKの大河ドラマの「風林火山」を見ていると
私の学生時代に良く愛読した書物
「孫子の兵法」がよく出てくる。
此処には「乱世に生きる中国人の生きる知恵」が
事細かに書かれているのである。
「孫子の兵法」の書として書かれているこの書物は、
日常の瑣事についてもつぶさに書かれてるので、
人生を生き抜くための処方箋を学ぶことが出来る。

この書物を実際に経済界の
ビジネス等に応用できる事が多く、
特に政治の世界には欠く事のできない書である。
中国5000年の歴史から編み出された勝ち組と
なる為の書と思っても差し支えない。

私が若かかりし頃、何度か壁にぶちあたった時、
そのたび毎に読んだ記憶がある。
日本史における戦国時代には
戦国大名の中で結構愛読された書物だったようです。

この他に、中国での春秋時代には
孔子、孟子、墨子、老子や荘子の
著名な思想家が数多く輩出されている。
これらの書を学生時代に掻い摘んで
読んだ事があったが それぞれに違った
物の見方考え方をする思想であった。

特に老子の乞食的思想は極めて
異色な発想であった。
人間は一度乞食に身を落し、
其処から這えあがるパワーを
身につけてこそ、
真の人間が形成されると諭した。

この考えは学生時代には
かなり衝撃的な発想として受けとめた。
しかし、この考え方が
私の七転び八起きの
人生の救いの手であったことは
隠すことが出来ない。

ライオンは自分の子を谷間に突き落とし、
そこから這え上がってくる子ライオンだけを
育て上げるDNAが組み込まれている。

恐らく老子はライオンの子の育て方を見て
ヒントを得たのではないかと思う。

私のパワーはこの老子の思想から
もらっているのです。
孫子の兵法は戦略的な生き方には
効果を発揮するが内面的問題には弱い。
内面的に強くするには老子を読むと効果がある。
丁度、今の世にピッタリな学問なのではないかと思う。
何事もプライドを捨て身を落した時、
漲る勇気が湧いてくるのである。
この体験を身を持ってなさば、
人生恐いものはなくなるのです。

by momotaro-sakura | 2007-03-27 07:42



e0009760_18524096.jpg




e0009760_185956100.jpg

by momotaro-sakura | 2007-03-26 17:00


築26年の事務所

e0009760_16513771.jpg


e0009760_13175635.jpg

by momotaro-sakura | 2007-03-26 13:15